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サイコパスは性に奔放?遺伝子の影響は?進化心理学で考える反社会的人格

少数であるからこそ有利になる

集団中のサイコパスの頻度は1%程度と言われており、かなりの少数派です。サイコパスにとっては、少数であることがむしろ有利になるという仮説があります。サイコパスにとって都合がよいのは、他人をすぐに信頼するような善人が多くいて、サイコパスが彼らを容易に利用できるような状況でしょう。サイコパスのことを社会的捕食者と呼ぶことがありますが、いわば周囲が獲物だらけというわけです。反対にサイコパスにとって都合が悪いのは、周囲の人間も自分と同じサイコパスだったという状況です。搾取する相手を見つけ出すのが難しくなります。このように、サイコパスにとっては周りに自分と同じサイコパスが少ない環境のほうが望ましいわけです。

少数派であることが有利になる性質の存在は、古くから進化生物学における重要な研究テーマでした。今日では、こうした性質を生み出す自然選択のタイプがあることがわかっており、少数者有利の頻度依存選択と呼ばれています。ある性質を生み出す遺伝子について、その遺伝子の頻度が低い集団においては、その遺伝子を持つ個体の生存や繁殖の機会が高まり、逆に遺伝子の頻度が高い集団においては、その遺伝子を持つ個体の生存や繁殖の機会が低くなるという状況を仮定します。この仮定の下では、遺伝子頻度が低いときは世代を経るにつれて遺伝子頻度が徐々に増加していきますが、ある程度遺伝子頻度が高くなった段階で遺伝子の増加がおさまることになります。

増加が止まる遺伝子頻度の値は、その遺伝子が少数であるときの有利さの程度により決まります。サイコパス傾向を促進する遺伝子は、こうした少数者有利の頻度依存選択が働く条件を満たしていると考えられます。そのため、集団中のサイコパスが少数にとどまっているのは、サイコパス傾向を促進する遺伝子に対して、少数者有利の頻度依存選択が働いた結果であるという説が有力視されています(注5)

サイコパスは性に奔放?

どのような環境においてどのようなタイプの生活史が有利なのかを説明する理論が研究されており、「生活史理論」と呼ばれています。生活史理論については、生活史戦略における性急な戦略と緩慢な戦略の二つを比較した議論が多いです。魚類と哺乳類を比べてみましょう。魚類の多くの種は、生まれてから比較的短時間で成熟し、多数の子を産み(産卵)、産卵後はほったらかしで育児はしません。それに対して哺乳類の多くの種は、生まれてから成熟するまで時間がかかり、子の数は少なく、手間をかけて育児をします。前者のようなタイプを性急な生活史戦略、後者のようなタイプを緩慢な生活史戦略と呼びます。いわば、量で勝負と質で勝負の違いと言えましょう。

生物のグループ同士の比較だけではなく、種内の個体差についても、二つの生活史戦略に基づく理解が有効な場合があります。性成熟が早く、初産年齢が低く、複数の交配相手との間に多くの子をつくるが、手間をかけた子育てはあまりしないという性急な生活史戦略の個体と、性成熟が遅く、初産年齢が高く、一匹の交配相手との間に少数の子をつくり、子供ひとりひとり手間をかけて世話をするという緩慢な生活史戦略の個体がいるという状況です。

一般に、不安定で過酷な環境においては性急な生活史戦略が有利で、安定的で安全な環境においては緩慢な生活史戦略が有利と考えられます。この傾向はヒトにも当てはまっている可能性があります。劣悪な環境で育った人が十代で妊娠し、子沢山となるが、離婚・再婚を繰り返し、子供一人に対する教育費はあまりかけず、逆に、恵まれた環境で育った人が晩婚となり、一人の子供に多くの教育費をかけるという状況をイメージしてもらうと理解しやすいでしょう。いわゆる性に奔放なタイプと形容されるような人は、性急な生活史戦略を選んでいるように見えます。

サイコパスの特性と緩慢な生活史戦略の傾向に負の相関があるという研究結果が報告されています(注6)。サイコパスはそうではない人と比較して、性急な生活史戦略を選択する傾向があるということです。このことは、サイコパスにとって好ましい環境がどのようなものであるかを考えると理解しやすいです。サイコパスにとっては、一つの場所に長くとどまり、同じ人たちと長期にわたって関係を続けることは都合が悪いと予想されます。搾取した人から自分に対する悪評が生まれ、周囲から反発を受ける可能性が考えられ、そうした事態を予防する画策が必要になりそうです。少なからず労力が必要でしょう。むしろ、時々は所属集団を変えることや、もともと人の流動が激しい環境で生活することが、サイコパスにとっては都合が良いと考えられます。

生活史理論に基づくと、このような変動の激しい環境で生活する個体は性急な生活史戦略を選択することが有利になると予想されます。生活史理論から導かれるこうした予想は、サイコパスが性急な生活史戦略(性に奔放、子育てを軽視)を選択する傾向があるという前述の研究結果と整合しています。

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小松正

こまつ・ただし
1967年北海道生まれ。北海道大学大学院農学研究科農業生物学専攻博士後期課程修了。博士(農学)。日本学術振興会特別研究員、言語交流研究所主任研究員を経て、2004 年に小松研究事務所を開設。大学や企業等と個人契約を結んで研究に従事する独立系研究者(個人事業主) として活動。専門は生態学、進化生物学、データサイエンス。
著書に『いじめは生存戦略だった!? ~進化生物学で読み解く生き物たちの不可解な行動の原理』『情報社会のソーシャルデザイン 情報社会学概論II』『社会はヒトの感情で進化する』などがある。

Twitter @Tadashi_Komatsu

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