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ブンゴウ泣きたい夜しかない。~文豪たちのなんだかおかしい人生劇場
「文豪」というと皆さんはどのようなイメージを思い浮かべるでしょうか。
いつも気難しそうな顔をしてて、メガネかけてヒゲなんか生やしてて、伊豆あたりの温泉旅館の一室で吸い殻山盛りの灰皿を脇目に、難しい小説なんか書いてる…。そんなイメージを持たれがちな彼らですが、実は現代人とたいして変わらないような、実に人間臭い面もたくさんあるのです。

さて、今回は、普遍のテーマともいえる、「恋と友情」のあいだで、奇妙なつかずはなれずを繰り返した2人の文豪、天才詩人・中原中也と俊才の批評家・小林秀雄とひとりの女優の三角関係についてのお話を、前後編にわたってお届けします。

【文豪と三角関係】早逝した天才詩人・中原中也と運命の女・長谷川泰子、盟友・小林秀雄との「奇妙」な三角関係(前編)

天才詩人・中原中也とファム・ファタール・長谷川泰子との邂逅

中原中也(なかはら・ちゅうや)
1907年4月29日 – 1937年10月22日
詩人。山口県出身。東京外国語学校専修科卒業。代々開業医である名家の長男として生まれる。中学在学中に刊行した歌集『末黒野(すぐろの)』で詩才を示した。ランボーやベルレーヌに傾倒し、象徴的手法で独自の世界を築いたが30歳の若さで他界する。詩集「山羊の歌」「在りし日の歌」など。

小林秀雄(こばやし・ひでお)
1902年4月11日 – 1983年3月1日
文芸評論家、編集者、作家。東京都出身。東京帝国大学文学部仏文科卒業。1929年雑誌『改造』の懸賞評論『様々なる意匠』で文壇にデビュー。翌30年から『文芸春秋』に文芸時評を連載し批評家としての地位を確立した。近代日本の文芸評論の確立者であり、ランボーやボードレールなどフランス象徴派の詩人たちやドストエフスキー、志賀直哉らの作品に影響を受ける。 1967年文化勲章受章。

中原中也といえば、日本近代詩のなかでも重要な詩人の一人であり、彼自身「魂の織物」と表した悲しくもどこかお道化たような独特の詩調は、没後80年を経て今なお多くのファンに愛され続けています。
30年という短い生涯の中で350篇以上の詩を残した中也ですが、その中でも恋愛についての詩は長谷川泰子という女性に宛てて書かれたものが多いといいます。中也をよく知る大岡昇平によれば「中原の生涯で恋愛は私の知る限りこれ一つである」という、この長谷川泰子と中也、また中也と親友でありながら、やがては恋敵となってしまった小林秀雄……この3人の関係はいかなるものだったのでしょうか。

少年期、神童と呼ばれるほど成績が良かった中原中也は13歳の頃に文学に目覚めると本を読み耽るようになり、学校の成績はみるみる落ちていってしまいます。
落第を心配する母に「ぼくは勉強はせんけど、落第だけはせんから安心してらっしゃい」と豪語しますが、母の心配通りしっかり落第してしまう中也。跡取りとして医者になることを期待していた中也の父にとって長男の落第は中原家の恥でした。

父は半ば追いやるように中也を京都に行かせることにしますが、親元を離れたがっていた中也はこの処置に大喜びで、答案用紙を破り捨てながら「万歳!」と叫んだといいます。山口から京都へ発つ日、父が見送りを禁じたため中也を見送りに来たのは祖母だけでした。

18歳頃の中也。中也といえばこの肖像が思い浮かぶほど有名な写真(画像提供/中原中也記念館)
18歳頃の中也。中也といえばこの肖像が思い浮かぶほど有名な写真(画像提供/中原中也記念館)

だが京都で待っていたのは勉学の道ではまったくなく……

同じ頃、女優を志し広島から京都にやってきた女性がいました。それが長谷川泰子です。

早くに父親を亡くした泰子は義兄に育てられることになるのですが、この義兄は気に入らないことがあると泰子を殴るような男でした。泰子は鬱屈した生活から逃れるように本を読みふけり、ロマン・ロランの書いた『民衆演劇論』を読んで女優に憧れるようになります。女優への憧れが高まる中、泰子が出会ったのが永井叔という男です。永井は自身を「大空詩人」と称し、バイオリンやマンドリンを弾きながら詩を歌い全国をまわっている芸術家でした。

本や演劇の話をするうちに永井と打ち解けた泰子は意を決してこう言います。
「私は新劇をやりたいから東京へ行きたいんだけど、向こうに知人はいないし、出る機会がないんです」
「私はもうすぐ東京に帰りますから、じゃあ一緒に行きましょう」
永井は何のわだかまりもないように答えます。この時の永井に下心があったかはわかりませんが、泰子のほうは永井に特別な感情はなく、とにかく東京に出たいという一心で永井についていったといいます。

こうして泰子は永井と共に上京しましたが、その後、関東大震災に見舞われたため、京都に逃れることになったのです。

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進士素丸

しんじ・すまる●1976年2月生まれ。ライター・文筆家。「文豪どうかしてる逸話集」(KADOKAWA)著者。文豪や歴史にまつわるツイートも話題に。
雑誌・ウェブ媒体などに寄稿しつつ、映像制作やデザインなども手掛ける。

Twitter●@shinjisumaru

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