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ブンゴウ泣きたい夜しかない。~文豪たちのなんだかおかしい人生劇場

【文豪と猫可愛がり】徹底した女性礼賛!猫もメスを愛しぬいた谷崎VS妻との結婚条約の立ち会いを猫にさせた大佛次郎

奥さんと交わした結婚条約に立ち会った猫、チィとフゥ

大佛次郎(おさらぎ・じろう)
1897年10月9日 – 1973年4月30日
大正13年に発表した『鞍馬天狗』が人気を集め、その後40余年にわたり書き続けられた。一方で、『ドレフュス事件』『パリ燃ゆ』など、海外の歴史や社会に題材を得た作品を数多く発表。小説・ノンフィクション・批評・劇作・児童文学と多岐にわたって活躍した作家。

猫好き文豪と言えば、生涯で共に過ごした猫の数は500匹以上といわれ、多いときは同時に20匹は飼っていたという大佛次郎ははずせません。

『鞍馬天狗』シリーズなどの大衆文学から、歴史小説、現代小説、ノンフィクション、新作歌舞伎など多くの作品を残した大佛次郎でしたが、その中でも「私の一代の傑作」は猫を題材にした童話『スイッチョ猫』なのだと言います。
「猫は生涯の伴侶」「次の世には私は猫に生まれてくるだろう」と言い、戦時中も猫との生活を優先して疎開しなかった大佛次郎先生。
そんな大佛先生と猫との触れ合いは小学校1年生の頃に始まります。

当時、横浜から東京の牛込に引っ越した大佛次郎、こと野尻清彦少年は前の住人が置いていった一匹の猫と出会います。清彦少年はこの猫を「タマ」と名付けて飼いはじめ、タマもすっかり清彦少年に懐き、清彦少年が帰宅すると玄関まで迎えに出てきて、寒い冬は一緒の布団で温め合いながら寝ました。しかし6~7年くらいしてタマは亡くなってしまいます。タマを自宅の庭に埋めてやった清彦少年は、寂しくなると人知れずタマを埋めた辺りの土を撫でていたといいます。

やがて大正10年に大佛次郎は原田登里という女性と結婚します。原田登里さんはフランス人形のように美しい、新劇や映画に出演する女優でした。
結婚して数年後、大佛は「マリコン条約」なるものを作成します。「マリ」はフランス語で「夫」、「コン」は奥さんのニックネームで(登里→トリ子→トリコン→コン)、大佛夫婦はお互いを「マリ」「コン」と呼び合っていました。つまりマリコン条約とは大佛夫妻の生活についての取り決めをまとめた条約なのです。

「マリは月毎に金五百円の収入を作る」「金二百円を両人の衣食住の費用に宛て別に金百円をマリの機密費とし…」「公用外無断外泊の際は罰金十円を課す」などなど、全七条からなるこの条約、最後には夫婦の署名捺印とともに「チィ及フゥ立会の上ここに署名調印す」と書かれているのですが、ここに登場するチィとフゥとは当時大佛夫妻が飼っていた猫の名前なのです。
夫婦の約束事を条約風に記したのは東京帝国大学法学部で学んだ大佛先生らしい遊びでしたが、そこに猫まで立ち会わせる大佛先生、かわいすぎるんですが。

 

こちらがチィとフゥの立ち会いのもと交わされた「マリコン条約」(画像提供/大佛次郎記念館)
こちらがチィとフゥの立ち会いのもと交わされた「マリコン条約」(画像提供/大佛次郎記念館)

当初、奥さんの方は猫にさほど興味がなかったそうですが、一緒に生活するうちにどんどん猫を好きになっていき、やがて奥さんの猫愛は大佛先生にも負けないほどになっていきます。

近所でも大佛夫妻の猫好きは有名だったらしく、大佛家に猫を捨てていく人も多かったそうです。なんとも迷惑な話ですが、そんな時も奥さんが引き取ってしまうので大佛家の猫はどんどん増えていきます。さすがに困った大佛先生は奥さんに「猫が十五匹以上になったら、おれはこの家を猫にゆずって、別居する」と宣言します。

ところがある日、猫が並んで食事をしているのを数えてみたら十六匹いる。「おい、一匹多いぞ。おれは家を出るぞ」と言うと「それはお客様です。御飯を食べたら、帰ることになっています」と奥さん。まるで落語でも聞いているかのような見事な返しです。これには大佛先生も苦笑いだったことでしょう。

ひい、ふう、みい……いったい何匹いるのだろう? 1954 年撮影/石井彰(画像提供/大佛次郎記念館))
ひい、ふう、みい……いったい何匹いるのだろう? 1954 年撮影/石井彰(画像提供/大佛次郎記念館))

昭和48年に大佛は築地の病院で最期を迎えることになります。その4日前、大佛は奥さんに今後の猫の飼い方について遺言を伝えます。それは「猫は五匹以上飼わない。十分に食べられない人たちもいるのだから、ぜいたくをさせない」といった内容だったのですが、すっかり猫好きになっている奥さんによってその遺言が守られることはなかったのでありました。

1934年頃、大佛夫妻と猫たち、アバちゃん、シロ、コトンと。(画像提供/大佛次郎記念館)
1934年頃、大佛夫妻と猫たち、アバちゃん、シロ、コトンと。(画像提供/大佛次郎記念館)
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進士素丸

しんじ・すまる●1976年2月生まれ。ライター・文筆家。「文豪どうかしてる逸話集」(KADOKAWA)著者。文豪や歴史にまつわるツイートも話題に。
雑誌・ウェブ媒体などに寄稿しつつ、映像制作やデザインなども手掛ける。

Twitter●@shinjisumaru

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