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ブンゴウ泣きたい夜しかない。~文豪たちのなんだかおかしい人生劇場
「文豪」というと皆さんはどのようなイメージを思い浮かべるでしょうか。
いつも気難しそうな顔をしてて、メガネかけてヒゲなんか生やしてて、伊豆あたりの温泉旅館の一室で吸い殻山盛りの灰皿を脇目に、難しい小説なんか書いてる…。そんなイメージを持たれがちな彼らですが、実は現代人とたいして変わらないような、実に人間臭い面もたくさんあるのです。

「神業の小説」と評されるほどの作品を残し、その詩情豊かで叙情性に富む作品群とは裏腹に大変な直情型性格であったという基次郎。それゆえに彼はまたとてつもない恋愛沙汰まで巻き起こしていたのでありました……。

【文豪と失恋】片思いからの大喧嘩からの大失恋~宇野千代への横恋慕が招いた梶井基次郎のドロ沼死闘

宇野千代への横恋慕が招いた梶井基次郎のドロ沼死闘

梶井基次郎(かじい・もとじろう)
1901年2月17日 – 1932年3月24日
大正末期から昭和初期にかけて作品を発表した小説家。短編を中心に作品を書き続け、井伏鱒二に「神業の小説」と絶賛されるも、肺結核のため31歳の若さで亡くなる。
代表作『檸檬』(1925年)『櫻の樹の下には』(1928年)

恋した相手が悪かったのか、恋した基次郎が悪いのか

「檸檬」や「櫻の樹の下には」などの作品で知られる作家・梶井基次郎。
子供のころから、教育熱心だった母親により『万葉集』や『源氏物語』などに親しみ、三校に進んでからは森鴎外や夏目漱石、志賀直哉などの作品に没頭します。特に漱石がお気に入りだったようで、のちに友人に宛てた手紙に「梶井漱石」と署名したこともあるほどです。

しかし、19歳で肺結核と診断されたあたりから梶井の生活は荒み始めます。
梶井本人が「退廃的生活」と言ったこの時期は酒を飲んでは暴れまわるような毎日で、泥酔してラーメン屋の屋台をひっくり返したり、料理屋の池に飛び込んで鯉を追いかけまわしたり、家賃が払えずに下宿先から逃亡したり……と、かなりの暴れっぷりでした。

そんな梶井の恋愛はもちろん直情的。
学生時代、梶井は通学中に乗る汽車でいつも見かける同志社女学校の生徒に恋をしたことがあるのですが、当時のことを梶井と友人だった平林英子がこう書き残しています。

『(梶井は)日に何度もその女性の名前を口にしたり、どうすれば気持を伝えることが出来るかという相談ばかり持ちかけるようになりました。そうした事が続いたある日のこと、珍らしく上機嫌でやって来て、いきなり「とうとうやりましたよ!」と嬉しそうに言うので、私は何だか不安になって理由を尋ねると、梶井さんは少し得意になってこう話しました。ある英詩集の中に、恋を知った一人の男が相手の女性に自分の愛を訴える処があり、その一頁をひき破って、座席に腰かけている先方の膝の上へ「これを読んで下さい」と言って置いて来たと言うのです。』

その時の梶井は「まるで男一匹が重大な仕事をなし遂げた時のような顔」で、大きい手を宙に振りあげながら「細工はりゅうりゅう!」などと言っていたそうですが、ええ、もう不安しかありません。

『翌々日、今度は大変しょげてやって来ました。その朝女性に逢ったので、恐る恐る「読んで下さいましたか」と尋ねたら、相手は大変迷惑そうに「知りません!」と言って横を向いてしまったとのこと。』

ほら言わんこっちゃない。いきなり見ず知らずの男にそんなことされたら誰だって怯えるでしょ、梶井先生!
ちなみに梶井はこの時の経験をもとに恋愛小説を書いて平林に渡したらしいのですが、平林はこれに興味がなかったのか紛失してしまったそうです。もし残っていれば梶井基次郎の幻の処女作になっていたかもしれません。

そんな梶井は宇野千代に恋したことがある。

宇野千代といえば多くの文士や芸術家と浮世を流した女流作家で、当時は尾崎士郎という作家と結婚していました。
梶井と宇野千代は伊豆の湯ヶ島で出会います。
宇野千代は広津和郎の奥さんや萩原朔太郎などと何度も湯ヶ島を訪れており、梶井は肺病の療養のために当地を訪れます。湯ヶ島には当時、川端康成が逗留していたのですが、梶井と千代はその川端の紹介で知り合うことになります。

「一見、無骨そうな若い男、と言う印象であったが、いかつい骨格の割りに顔色が悪かったり、無口のこわい人のようでいて、笑うと眼が糸のように細くなる感じが、とても柔和な印象であったり……」と、千代は梶井の見た目について克明に書き残しております。

尾崎士郎、東郷青児、北原武夫などなど数々の文士・芸術家と浮名を流した宇野千代
尾崎士郎、東郷青児、北原武夫などなど数々の文士・芸術家と浮名を流した宇野千代

宇野千代さん、梶井についてイケメン認定こそしてくれなかったようですが、なぜか二人は急速に仲を深めていき、互いの部屋を行き来したり、楽し気に話し込んでいる姿が多数目撃されるようになります。

当時の梶井は無名の作家でしたが、千代は売り出し中の女流作家で尾崎士郎という夫がいたもんだから、二人の関係はすぐに噂となり、やがてそれは夫の尾崎の耳にも入ります。

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進士素丸

しんじ・すまる●1976年2月生まれ。ライター・文筆家。「文豪どうかしてる逸話集」(KADOKAWA)著者。文豪や歴史にまつわるツイートも話題に。
雑誌・ウェブ媒体などに寄稿しつつ、映像制作やデザインなども手掛ける。

Twitter●@shinjisumaru

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