2026.4.30
こうして私は小説新人賞コンプレックスになった【新人賞コンプレックス 第1回】
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「デビューする難しさ」と「デビュー後に生き残る難しさ」はまったく別物
私がデビューできたのは単純に運が良かったからだ。私は自分の小説がこの世で一番おもしろくて革新的であることを信じて疑わないタイプの人間ではあるが、いまの記憶とスキルを持って人生を「強くてニューゲーム」でやり直しても、同じように小説家になれる可能性は低いと思っている。自分が新人賞を獲るイメージはいまなお持てない。
例えるなら、東京大学理科Ⅲ類に合格するくらい、自分には無理な話だとしか思えないのである。かつて東大の神脳と呼ばれた河野玄斗氏は「東大理科Ⅲ類程度なら1000回受けて1000回受かる」と豪語したが、わたしは新人賞に1000回応募して1000回落ちるだろう。
私より上の世代の小説家の方々は「新人賞くらいサクッと獲れないと話にならない」という主張が多かった。新人賞楽勝論者の主張は「デビューしてから生き残る方が難しい」という方向へ進むのが常だが、プロの小説家になったいま、それに対してはかなり同意しかねる。
新人賞デビューではない私には「新人賞くらいサクッと獲れないと話にならない」についてはなんとも言えないが、「デビューする難しさ」と「デビュー後に生き残る難しさ」はまったく別物で、比較すること自体がナンセンスである。新人賞には数百〜数千の応募がくるし、同人誌や小説投稿サイトの掲載作品数なんてそれ以上だ。大量にあるからこそ、評価に関して「運」が担う部分が大きくなる。
一方で、一度デビューすれば担当編集者がつく。1対超多数だった状態が1対1になるわけで、ここの信頼さえあれば一応仕事がなくなることはない。無論、この世のあらゆる本から読者に自著を選んでもらわないとその信頼さえ消えてしまう世界ではあるが、「お前の作品に可能性を感じているから担当編集者をしている」というひとが一人いるのは全然違う。
私自身の経験ではあるが、デビュー前もデビュー後もどっちもキツかった記憶ばかりが蘇る。プロになってからキツかったのは、先にも書いたが非新人賞デビュー特有のものだった。すなわち、「大滝瓶太の本を作る責任を持つ出版社がひとつもなかった」のである。こう書けばデビューさせてくれた版元批判に見えてしまうのだけど、私としてはゼロをイチにしてくれた版元には感謝しかない。短編デビューだったので、デビュー作がそのまま単行本になる見込みはなかったし、本を作るのも慈善事業じゃないので難しかっただろうとは思う。
「デビューしたけれど単著出版の見込みがない」という状況に陥った私は、そこからおよそ一年半ほど商業誌での作品発表の機会すら得られなかった。私は日々小説を書き、SNSを駆使したラフプレイぎりぎりの営業でSF業界で年1くらいで作品発表できるようにはなった。発表作品数も増えてきて「そろそろ短編集を作ってくれるのでは?」なんて期待もしたが、現実はそんなに甘くなかった。作品自体は悪くない、しかし、内容が硬派すぎて売れる気がしない(=本にできない)という話をしてもらったのを覚えている。完全に詰んどるやんけ! と私は叫んだ。
このとき私は他者からの評価が「小難しくて売れる気がしない小説を書いている奴」であることを自覚した。つまり「大滝瓶太は数字が作れる作家」と認識してもらわない限り、この先自分の本が出ることはない──そこで私は純文学やSFよりも読者数が多い「ミステリ」で勝負しようと決めた。ミステリ小説はまったく読んだことがなかったので、エラリー・クイーンの「国名シリーズ」や島田荘司、綾辻行人、有栖川有栖の作品を青チャートの例題ようにゴリゴリ読んでいき、なんとか書きあげた小説を持ち前の元気良さとコミュニケーションの法定速度を無視したヤンチャ営業で持ち込み、出版にこぎつけた。
崖っぷちで出してもらった初単著はありがたいことに発売早々に重版となり、それをきっかけに複数の出版社から単行本のオファーをもらえた。今後どうなるかはわからないが、向こう数年はまだ小説家をやれそうではある。
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「新人賞を獲っていない」という後ろめたさ
小説を職業にすることに関して、私の認識では「デビューできたのはラッキー」で「デビューしてから営業の必要がなくなるまではエグかった」という感じである。いまがハッピーならもうハッピーでええやんけと思うのだけど、いまだに「新人賞」と聞くと心がざわついてしまう。そして誰かが新人賞の話をはじめると他人の話をぶった斬って新人賞論を語ってしまうし、SNSで新人賞の話題が盛り上がっているのを見かけると訳知り顔でひと言物申してしまう。これは「もう社会人になったのにまだ大学受験の話をしている奴」くらい痛い行為である。
いい歳こいて大学受験の話をするには2種類の人間がいる。
ひとつは大学受験が人生最大の成功体験である人間、もうひとつが大学受験に失敗して強烈なコンプレックスを抱いている人間だ。
新人賞を獲っていない私はもちろん後者、「学歴コンプレックス」ならぬ「新人賞コンプレックス」を抱えた悩めるオッサンというわけだ。
いまでもたまに、「もし自分が新人賞を獲っていたら?」というパラレルワールドを無意識のうちに夢想してしまうことがある──もし新人賞を獲っていれば、デビュー後にいきなり「凪の時代」がきたりしなかっただろうし、他人にヤバい奴と思われるような営業をする必要はなかったし、不安とストレスからSNSで暴れたりもしなかったはずだ。
私の黒歴史のすべては新人賞を獲れなかったことに由来している。
かといって何度人生をやり直しても新人賞を獲れる自信というのはまったくない。だからこそ私は新人賞デビュー作家を心から尊敬するし、小説家志望のひとから相談されると新人賞デビューを目指せと強く推める。文芸出版の世界に限らないことだが、強い利害関係を持つ相手がいない状態で商売を成立させるのはほとんど無理ゲーなのである。
次回からは、新人賞にまつわる個性的な人間や新人賞あるあるなどを紹介していきたい。
私の周りの話を聞く限り、小説家になるには新人賞初応募からだいたい10年、つまり「10浪」してのデビューが多い。新人賞は運要素が大きいゆえ、くじ引きを引き続けたひとが「あたり」を引いていると考えれば納得しやすいだろう。
何事も長く続けることが一番難しく、そして尊い。
そして長く続けるためには「楽しみ」が必要だ。
この連載が文芸出版という世界と無縁のひとに興味を持ってもらえるきっかけになり、また小説家志望者に小さな笑いと束の間の休息を与えるものであれば本望である。
次回連載第2回は6/3(水)公開予定です。
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