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南和行「離婚さんいらっしゃい」

お母さんは結婚の続け方を教えてくれなかった

母とホク子

ホク子の両親は大手商社での社内結婚だった。

父は国立大学を出て入社し、
母は短大を出て入社し、
二人とも経理部で働いていた。

「当時はOLなんて言わず女子社員と言ったのよ」
「当時は全部伝票を手で計算していたのよ」

と母は、まるで昨日まで会社に勤めていたかのように、
いつも言うが、結婚と同時に退職し専業主婦となっていた。

子供は三人で、ホク子は兄二人に続く末っ子だった。
ホク子は家族みんなから愛される、
ただ一人の女の子だった。

兄二人は地元の公立の中学と高校に進んだが、
母はホク子には、
私立の中高一貫の女子校への進学を勧めた。

小学生ながら友達と離れるのは嫌だったが、
母は「女の子だから、お嫁に行くことを考えて」
とホク子に言った。

ホク子にとって「お嫁さん」は、
絵本に出てくるお姫様のようなイメージだった。

「お母さんは私をお姫様みたいに思っているのか」

と、母の言ったことは愛情なのだとそのときは受け止めた。

ところが、進学した女子校でのホク子の6年間、
それは母との戦争のような日々だった。

ホク子は最初に親しくなった同級生に誘われて、
ソフトボール部に入った。

男の子のように髪の毛を短くして、
春夏秋冬関係なく真っ黒に日焼けをしていた。

母は、ホク子のソフトボール一色の学校生活を、
強く非難、いや否定をした。

「なんで女の子なのに日焼けをするの?」

「ボールが顔に当たったらお嫁に行けなくなる」

「女の子なのに大股で歩くクセがついたら恥ずかしい」

思春期ゆえの反抗期ということもあり、
ホク子は、本当に母の言うことひとつひとつに、
ケンカごしになった。

そうすると母は、父や兄たちに、

「アナタたちからもホク子に、
 ソフトボールはほどほどにって言ってやって」

と言うようになった。

「クソババア!」

とホク子が怒鳴ったとき、
母は、顔面蒼白で涙を流して、

「お願いだからそんな言葉は、
 家では言っても外では使わないで」

「アナタ、外でもそんな言葉を使ってるんじゃないわよね」

と言った。

母はホク子に高校を出たら短大に進学することを求めた。

ホク子はなぜ兄たちが当たり前のように4年制大学に進学したのに、
自分が当たり前のように短大と決められるのか、
母の考えることがさっぱりわからなかった。

ホク子は、ソフトボールに打ち込みつつも、
それなりに勉強ができたこともあり、
母の意見を意識的に無視して、
自分で自分の進路を決めた。

有名私立大学の文学部に合格したとき、
ホク子は喜びに舞い上がる気持ちの背中に、
母の期待や思いを裏切った罪悪感を背負う心地がした。
あのときも母の表情は「ガッカリ」しているように感じられた。
体育会のフィールドホッケー部で、
ほどほどの大学生活を送ったホク子は資格を取るなどして、
専門職としてのキャリアを持つことを考えた時期もあったが、
けっきょく普通に就職活動をし、
内定を得たいくつかの企業の中から、
食品メーカーの営業部門に総合職で就職した。

大学3年生になり就職活動をし始めた時期から、
ホク子は、
「どうせ平凡な人生なんだから、母にわざわざ反発しても」
と思いはじめた。
そうすると、いつしかホク子は、
母になんでも話せるようになった。

Speedkingz
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母から言われた「やり直してもいいのよ」

ホク子が流産してから、
母は頻繁にホク子に連絡をし、
1ヶ月に1回は、土曜か日曜のどちらかで、
ホク子の家に来るようになった。

夫がいるときもあったが、
そのうち夫も気を利かせてか、
あるいは面倒だからか、母が来るときは、
用事を作って家を空けるようになった。

最初の頃は、
「女にしかわからないデリケートな問題だから」
と母も言い訳のように言っていたが、
流産してから1年以上、
母が連絡をよこすペース、
母がホク子の家に来るペースは衰えない。

ホク子は、母が家に来ると、
ついあの日の産婦人科での、
母の「ガッカリ」した表情が思い浮かび、
心が重くなる。

そして中学高校時代、
母と諍いばかりしていた頃の気持ちがよみがえる。

「お母さんがいろいろ言うから」
と、怒りにも似た甘えた感情がわき上がる。

流産を機に、
ホク子の生活への介入を容赦なく増してくる母。

そんな母への苛立ちに、
子供の頃のように、
「このクソババア!」と怒鳴りたくなる瞬間、
脳内に「アナタにはガッカリしたわ」
という母の声が空耳で聞こえる。

そんなとき、母は言った。

「流産って、旦那さんとの相性の問題だと、
 言う人もいるじゃない」

「ホク子、今ならまだやり直せるのだから」

「無理しなくていいのよ」

「もともと健康なんだから、
 今じゃ40歳でも高齢出産と言わないそうだから、
 やり直してみなさいよ」

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南和行

みなみ・かずゆき●1976年大阪府生まれ。京都大学農学部、同大学院修士課程卒業後、大阪市立大学法科大学院にて法律を学ぶ。2009年弁護士登録(大阪弁護士会、現在まで)。2011年に同性パートナーの弁護士・吉田昌史と結婚式を挙げ、13年に同性愛者であることを公言する同性カップルの弁護士による弁護士事務所「なんもり法律事務所」を大阪・南森町に立ち上げる。一般の民事事件のほか、離婚・男女問題や無戸籍問題など家事事件を多く取り扱う。著書に『同性婚―私たち弁護士夫夫です』(祥伝社新書)、『僕たちのカラフルな毎日―弁護士夫夫の波瀾万丈奮闘記』(産業編集センター)がある。
大阪の下町で法律事務所を営む弁護士の男性カップルを追った、本人とパートナー出演のドキュメンタリー映画『愛と法』が話題。
・なんもり法律事務所
http://www.nanmori-law.jp/
・南和行のTwitter
https://twitter.com/minami_kazuyuki
・吉田昌史のTwitter
https://twitter.com/yossy_nan

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