よみタイ

聞かない女〜男への平和的質問の手法なんてある? の話

そうやって生きてきた女が私の近しい友人たちであって、別に仕事と心中する気もなければ出世する気も別になかったのに無駄にキャリアは積み上がり、わりと恋愛体質だっていうのに恋愛でことごとく痛々しい過去を積み上げて、いらない積載物を乗せて今宵も恵比寿あたりを蛇行運転している。

10代の良識女の爆発がシャボン玉のポンなら30代の女のそれは

なぜかって、なんだかんだNOと言えない男とスギ花粉の多いこの国で、余程才能がある者が片付いた後に片付くのは、良識という名の檻の中でぐるぐるまわる女じゃなくて、ウザい重いを恐れない女の方だから

良識女と言えば聞こえはいいが、良識女というのは良識的を言い訳に勝手にストレスを溜めて、しかしそんな鋼のメンタルだって限度っていうものがあるので膨らまし過ぎるともちろん爆発する。

んで、10代のそういう女の爆発がシャボン玉のポンとこわれる音、20代のそういう女の爆発が水風船が壁に当たって弾ける音、くらいのイメージだとしたら30代の女のそれは、はたから見ればカエルが車に轢かれて破裂するくらい無様で、音はブービークッションくらい不恰好で、原発事故並みに有害で、残骸は道に落ちて潰れた卵くらい惨めなものである。

聞かない女であり続けたいという意志とプライドがくれるもの

昨年の夏、私が同年代で最も尊敬する(仕事っぷりだけ)女友達のひとりが、クエスチョンの残る朝を迎え続けて半年、そういったブービーカエル原発卵みたいな爆発を起こした。

新年会で男友達に紹介されるがままに番号交換した一コ下の男子から、春一番が吹くくらいまで猛烈なアピールがあり、ちょうど別れようと思っていた男を断ち切るキッカケになるかも、くらいの軽めの動機で一緒に観劇に出かけ、映画に出かけ、ちょっと友人も交えた食事会なんかにも一緒に参加し、いつのまにか彼の家のアイロンの位置まで知る仲に。
本妻と愛人の使い分け機能がデフォルトでついてる男と違って基本的に不器用な女なので、その頃には前の男とはすっかり別れる手続きを済ませ、準備万端になっていたわりには、彼から言語化された申し入れはない。

「なんか毎週末、大抵土曜だけど、何かしらのお誘いがくるのよ」
とは彼女の当時の言葉で、彼の彼女への好意を裏付けるには結構十分な事実でもある。
「で、彼の家にも泊まるし、うちに泊まったこともあるのよ」
というのは彼が既婚者だったり同棲中だったりすることはなく、彼女に男がいないことも了解済みという説明である。

「ただ、付き合うとかは言われないのよ」

というアルアルは当然ついてくる。

「でね、なんか彼の家にちっちゃいクレンジングとか化粧水の入ったポーチが2つあるのよ。あと、この間なぜか洗濯機の横にコテがあったのよ」
というところまでは、36年間培った良識によって飲み込まれ、騒ぎ立てられることもなかった。

もちろん、そういった事実を許すほどのナントカ教の信仰心が強いとか、そういった事実の残酷さに気づかないほど馬鹿だとか、そういった事実をすべて飲み込めるほどメンタルが強いとかいうわけではなく、ただただ、そういったことでギャーギャー騒ぐ女になどならないという意志と、良識という名のプライドによって。

で、カエルの破裂までの時限爆弾は刻々と爆発までの時を刻んでいって、SNS関連のトラブルで、彼には彼女とまったく同じ立場の女がいることと、彼女にはそれを責める権利がないということを知った彼女は、ついにハイボール3杯と、「今日はお互い明日が早いから解散しようか」という彼の一言でブチギレ、恵比寿西口前ロータリーで号泣しながら男に詰め寄るという黒歴史をまた積み上げたわけです。

そして繰り返されるもの

彼と出会った新年会からちょうど一年、私も含めた女4人で行った正月のプーケットで彼女は「この年で半年ももやもやと引っ張った時間の無駄遣いは私が悪いよ」と、30代後半の女に向こう見ずな誘い方をした彼を責めるのにも飽きて反省の誓いを口にした。

「詰める女になりたくないけど、詰める女はこんな時間の無駄遣いはしないよね。見習おう」

で、そんな正月旅行から3ヶ月、私はこの原稿を書いている本日も昨日も実はちょうどたまたまそんな良識ブービーカエルな彼女と飲み歩いていたのでありますが、話題はいつの時代も変わらず、男の悪口とそんな男に心を擦り減らす自分の悪口でございました。

「なんか、向こうから次はいつ会える? 映画行かない? って誘ってくるのね」
彼女は昨日はサムギョプサルを、本日は唐揚げを食べながら言っていました。

「で、最初はうちに泊まりに来ててね、そういう関係になっても、どういう関係なのか特に向こうからは言われなくて。でもいきなりエッチする前とかに、付き合うの? とか聞くのも情緒がないじゃん。こないだ向こうの家にも初めて泊まったんだけど、大きい瓶の化粧水と新品の化粧水があってね」

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鈴木涼美

すずき・すずみ●1983年東京都生まれ。作家、社会学者。慶應義塾大学環境情報学部を卒業後、東京大学大学院学際情報学府の修士課程修了。大学在学中にキャバクラ嬢として働くなど多彩な経験ののち、卒業後は2009年から日本経済新聞社に勤め、記者となるが、2014年に自主退職。女性、恋愛、世相に関するエッセイやコラムを多数執筆。
近著に『女がそんなことで喜ぶと思うなよ 愚男愚女愛憎世間今昔絵巻』など
公式Twitter @Suzumixxx

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