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篠田節子「介護のうしろから『がん』が来た!」
認知症の母を介護しながら二十年。ようやく母が施設へ入所し、一息つけると思いきや――今度は自分が乳がんに!?
介護と執筆の合間に、治療法リサーチに病院選び……落ちこんでる暇なんてない!
直木賞作家・篠田節子が持ち前の観察眼と取材魂で綴る、闘病ドキュメント。

前回まではこちら→https://yomitai.jp/series/gangakita/

先生、右側が叶恭子になっています

介護のうしろから「がん」が来た! 第19回

 退院後三日で世間はゴールデンウィークに突入した。病院の外来も休みに入る。
 当然のことだが痛みや不快感はまだ取れない。術後用ブラジャーでしっかり押さえて揺れを防ぎ、能役者よろしくそろそろとすり足で歩く日々だ。
 
 退院五日目の午後、階段を使って階下に降りたとき痛みが不意に強くなった。一瞬のことかと思ったが、いつまでも引かない。触れてみると乳房全体が熱い。手術をしていない左胸に比べて明らかに皮膚の温度が違う。
 炎症が起きたのか?
 慌てて鏡の前でブラジャーのホックを外す。
 げっ、と仰け反った。右だけが、叶恭子になっている。サイズは左の二倍はあろうか……。

 たいへんだ。これは退院間際に主治医の先生に説明された緊急事態だ。
 青くなって聖路加病院に電話をかける。
 あろうことか、回線が混んでいて繋がらない。しばらくしてかけ直しても同じ。
 ゴールデンウィーク三日目、同じようにパニクっている人はたくさんいるようだ。
 しばらくして電話は大代表に繋がったが、今度はブレストセンターの内線が混んでいて通じない。
 
 二時間くらいしてようやくブレストセンターの看護師さんと話すことができた。
「ひどく痛みますか? 鎮痛剤が効かないくらいひどいですか」
「いえ」
「熱を持っているのは乳房だけですか、体温は高くなっていますか?」
「乳房だけです。熱は微熱程度。でも大きくなってるんです、すごいです」
 叶恭子です、とは言わないが、必死で訴える。
「ええ、手術した方は大きくなりますよ」
「はぁ? そうなんですか……」
 拍子抜けした。摘出手術とともに埋め込んだティッシュエキスパンダーは、七~八ヵ月後にシリコンを挿入する手術に備えて皮膚や筋肉組織を伸ばすためのものなのだから、健康な方の乳房に比べて大きくなるのは当然らしい。痛みについては熱が出たりしなければさほど心配はいらないということで、すでに予約を取ってある二日後まで待つことにした。
 

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篠田節子

しのだ・せつこ●1955年東京都生まれ。作家。90年『絹の変容』で小説すばる新人賞を受賞しデビュー。
97年『ゴサインタン』で山本周五郎賞、『女たちのジハード』で直木賞、2009年『仮想儀礼』で柴田錬三郎賞、11年『スターバト・マーテル』で芸術選奨文部科学大臣賞、15年『インドクリスタル』で中央公論文芸賞、19年『鏡の背面』で吉川英治文学賞を受賞。『聖域』『夏の災厄』『廃院のミカエル』『長女たち』など著書多数。
撮影:露木聡子

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