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せきしろ「東京落物百景」
落とし物の数だけ、物語がある――落とされたモノにも、そして落とした人にも。
『去年ルノアールで』『たとえる技術』などの著作で知られる作家せきしろが、東京の街の片隅で、本当に見つけたさまざまな落とし物について考える妄想ノンフィクション。

前回は見事に立ったクラフトテープを発見すると、「テープ芸」でおなじみ、清水アキラさん以外が思い浮かばなかった著者。

今回は棒がついたままのアイスの落とし物を発見したようで――

もしも世界が滅亡したらこのアイスの落とし主のせいである

棒がついたまま落ちているとなると、原因は夏の暑さではない

都内で発見したアイスの落とし物。これも夏の風物詩。(写真/ダーシマ)
都内で発見したアイスの落とし物。これも夏の風物詩。(写真/ダーシマ)

道路の白線の上を歩いている時に「この白線からはみ出したらダメ」みたいなことを考える時がある。たとえば白線の外側にはワニがいてはみ出したら襲われてしまうとか、周りは海でしかもサメだらけとか思い込むのだ。想像で危機的状況を勝手に作りあげ、私は慎重に歩く。

また「横断歩道の白い部分だけを歩けば良いことが起こる」と思い込んで歩く時もある。たまに横断歩道を不自然に渡っている子どもを見つけると「あの子は何かを思い込んで歩いているのだろう」と思う。私はもう子どもではないのでそんなバレバレの動きはせず、悟られることのないよう涼しい顔で白い部分を歩くことを心がけている。

自転車を漕ぐのを止め、慣性の法則に身を任せて「あの電柱のところまで到達できなければ今頃家が火事になっている」とか、若い頃パチンコをしていた時は「このリーチで外れたら誰か死ぬ」なんてことも考えたものだ。もちろん危なくなったら「今考えたことはすべて嘘!」ときちんと打ち消すことは忘れない。

もしかしたら私はそういう思い込みをしがちで人よりも多い可能性があるのだが、誰もが少なからずあるはずだ。高校野球や高校サッカーの中継を見ているとスタンドで女の子が祈っている姿が映し出されるが、あの子も「ここでヒットが出ないと今頃家が火事」「このPKが外れたら世界が滅亡する」などと思っているかもしれない。

8月になり長い梅雨が終わったら突然夏になった。実に極端である。でも季節というのはそういうものなのかもしれない。やがて何度目かの台風が過ぎ去った次の日外に出ると、季節は秋になっていることだろう。

夏になると夏ならではの落とし物がある。アイスもそのひとつである。

強い日差しで溶け、アイスだけがするりと落ちてしまうことはあるが、棒がついたまま落ちているとなると、原因は夏の暑さではない。先述した「思い込み」のせいではないかと私は考える。

アイスを食べている時に不意に「このアイスが当たりじゃなかったら今頃家が火事」なんてことを思ってしまったものだから、ハズレとわかった時点でアイスを放り出し、慌てて家へと駆け出したのだ。ちょうど当たりかハズレか判断できる状態で落ちているのできっとそうに違いない。また「このアイスが当たりじゃなかったら世界滅亡」と思ったものの、ハズレだったので怖くなって駆け出した可能性もある。

私のように「今考えたことはすべて嘘!」と打ち消していれば良いが、気が動転してそれを忘れているかもしれない。

もしも世界が滅亡したらこのアイスの落とし主のせいである。

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せきしろ

せきしろ●1970年北海道生まれ。主な著書に、映像化された『去年ルノアールで』や、映画化された『海辺の週刊大衆』、『1990年、何もないと思っていた私にハガキがあった』(共に双葉社)など。また、又吉直樹氏との共著『カキフライが無いなら来なかった』『まさかジープで来るとは』(幻冬舎)、西加奈子氏との共著『ダイオウイカは知らないでしょう』(マガジンハウス)も。
ツイッターhttps://twitter.com/sekishiro

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