よみタイ

せきしろ「東京落物百景」
落とし物の数だけ、物語がある――。落とされたモノにも、そして落とした人にも。
『去年ルノアールで』『たとえる技術』などの著作で知られる作家せきしろが、東京の街の片隅で、本当に見つけたさまざまな落とし物について考える妄想ノンフィクション。

前回は、きっと誰もが絶対に発見したことのある、落とし物界の冬の代名詞、手袋についてあれこれ考えた著者。今回は、ぬくもりも感じる、スタバのカップを発見したようで――

スタバのカップの落とし物に、書かれて嬉しい最高のメッセージとは?

都内の路上で発見したスタバのカップ。どんなメッセージが書いてあるのだろうか?(写真/ダーシマ)
都内の路上で発見したスタバのカップ。どんなメッセージが書いてあるのだろうか?(写真/ダーシマ)

純烈のリーダーがさらに喜ぶ、メッセージもあるはずだ

スタバのカップにメッセージを書いてもらえるサービスがある。

目の前のスタバのカップ。ここからの角度では見えないが、このカップの裏側に何か書かれているかもしれない。
残念ながら私は書かれたことがない。もしも書かれるならどんなメッセージが良いだろうか?

私は某雑誌の投稿ページを担当していて、カップに書かれたメッセージを考えるというコーナーがある。そのコーナーの選考に私は関わっていないためどんなネタが届いているのか知らない。おまけに私は自分が書いたものを読まないことが多いので、どんなネタが掲載されているのかもわからない。ただ、わけのわからないネタが届いていることはわかる。

そういったネタは投稿者に任せるとして、シンプルに書かれたら嬉しいメッセージを考え始めた。

そういえば昨年、純烈のリーダーがカップに『いつもおうえんしています』と書かれて、それが話題になったことを思い出した。たしかにそんなメッセージを書かれたら嬉しいだろう。『おもしろい』とか『かっこいいですね』などと褒められても嬉しい。

ただ褒められるとしても、『その服かっこいいですね』と具体的なものなると嬉しさは激減する。突然、羞恥心が湧き上がるからだ。たとえば髪を切った時、「髪切った?」と言われると私は恥ずかしくなってしまうのである。大多数の人はそんなことないだろうが、私は苦手なのだ。実際に髪を切ったのに「切ってない」と答える時もある。聞こえないふりをすることすらある。「これじゃあ『笑っていいとも!』に出られないな」なんてことを思ったこともあった。もちろん出るあてなどないのにだ。

また服を褒められると「もしかして馬鹿にされているのかな?」と考えてしまう。相手にその気がなくてもそう思ってしまうのである。

とはいえ、『努力すれば夢は叶う』だとか『一歩ずつゆっくり歩いて行こう』だとか『ちょっとひと休みしましょうか』などの、JPOP系の歌詞や路上詩人、絵手紙みたいなメッセージではなにも嬉しくない。

ではなにが良いのか? 考えているうちに『あたり』と書いてあったら嬉しいことに気づいた。アイスのようにもう一杯もらえる気がするではないか。

そこからさらに私は考え続けたわけだが、『私は未来から来たあなたです』というメッセージを考えたあたりからどんどんネタになってしまって、しかも楽しくなっている自分に気づいた。ネタは投稿者に任せると決めたはずだというのに。

そこで私は『まずはこのままお召し上がりください』というメッセージ考えたところでやめた。

[1日5分で、明日は変わる]よみタイ公式アカウント

  • よみタイ公式Twitterアカウント
  • よみタイ公式Facebookアカウント

新刊紹介

よみタイ新着記事

新着をもっと見る

せきしろ

せきしろ●1970年北海道生まれ。主な著書に、映像化された『去年ルノアールで』や、映画化された『海辺の週刊大衆』、『1990年、何もないと思っていた私にハガキがあった』(共に双葉社)など。また、又吉直樹氏との共著『カキフライが無いなら来なかった』『まさかジープで来るとは』(幻冬舎)、西加奈子氏との共著『ダイオウイカは知らないでしょう』(マガジンハウス)も。
ツイッターhttps://twitter.com/sekishiro

週間ランキング 今読まれているホットな記事