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せきしろ「東京落物百景」
落とし物の数だけ、物語がある――落とされたモノにも、そして落とした人にも。
『去年ルノアールで』『たとえる技術』などの著作で知られる作家せきしろが、東京の街の片隅で、本当に見つけたさまざまな落とし物について考える妄想ノンフィクション

前回は、座布団の落とし物から、あの国民的お笑い番組『笑点』の「座布団」の計算式を考えた著者。
今回は、ふつうなら空中に浮かぶはずの風船の落とし物を発見したようで――

どうしても「キングカズ」しか浮かんでこない曇天の風船の落とし物

都内の路上で発見したグリーンの風船。ヴェルディカラーともいえる…。(写真/ダーシマ)
都内の路上で発見したグリーンの風船。ヴェルディカラーともいえる…。(写真/ダーシマ)

風船お尻割りゲームがいまから始まるのか?

風船には晴天が似合う。真っ先にイメージするのは澄み切った空へと舞い上がる風船だ。

一方、風船に曇天は似合わない。しかしそのミスマッチ具合に趣がある。風もなく動かぬ風船は寂しくもある。
しかも空が似合うはずの風船が地面にある。雨が降った後の地面も曇天のような色をしている。風船だけ色を持っている世界が広がっているようだ。これもまた寂しい。

だから私は足を止めた。

道にバルーンアートが落ちていることはよくあるが、こういう一般的な風船が落ちているのはあまり目にしない。どこかから飛んできた風船がここに着地したのか? それとも……?
私は考え始める。

風船を見ると真っ先に思い出すのが、カズだ。カズ、三浦カズ。元サッカー日本代表の三浦知良選手である。1993年のJリーグアウォーズでMVPとなったカズが大きな風船から登場したことを今でも鮮明に覚えている。

「ということは、もしかしてカズがいるのではないか!?」

私は周りを見渡して赤いスーツを探す。この曇天の中、カズの赤はきっと映えることだろう。

しかし誰もいない。当たり前だ。あの時使われた風船は緑色ではなくサッカーボール柄だったではないか。いや、そんな問題ではない。そもそもこんな小さな風船ではなかったではないか。いや、そんな問題でもない。

カズから離れよう。この風船はゲーム用かもしれない。風船を使ったゲーム、たとえば風船を置いて制限時間内にお尻でいくつ割れるかを競うゲーム。ちなみにレスリングの吉田沙保里と先日解散したお笑いコンビのブリリアンが1分間に123個の風船を割り、ギネス世界記録に認定された。

ゲームだとした場合、この状況はゲームが行われた後なのか。それとも今から始まるのか。今から始まるとしたならば誰かがこの風船を割りに来るということだ。

「ということは、カズが来るのか!?」

そんなわけはない。この世は風船イコールカズではない。私だけだ。

風船と言えば有名なゲームがもうひとつある。針が付いた模型列車が走ってきて、その針で風船が割れないように、列車が来たら風船を持ち上げて守りながらクイズに答えるゲームだ。
どこかから模型列車がこの風船へと向かっているかもしれない。早く風船を持ち上げないと割れてしまう。

「急いで、カズ!」

いや、風船があるところにカズが必ずいるわけではない。カズは風船が大好きなわけでもないのだ。

「もしかして模型電車が風船を割ってカズ登場というパターンか……!」

ぐるぐると回り続ける思考。

やがて私は我に返る。
空は相変わらずの曇天で、水たまりに映る空もまた曇天だ。

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せきしろ

せきしろ●1970年北海道生まれ。主な著書に、映像化された『去年ルノアールで』や、映画化された『海辺の週刊大衆』、『1990年、何もないと思っていた私にハガキがあった』(共に双葉社)など。また、又吉直樹氏との共著『カキフライが無いなら来なかった』『まさかジープで来るとは』(幻冬舎)、西加奈子氏との共著『ダイオウイカは知らないでしょう』(マガジンハウス)も。
ツイッターhttps://twitter.com/sekishiro

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