2019.11.22
来栖けい氏が『焼肉』というジャンルを追求した結果たどり着いたひとつの頂点
焼肉の起源は諸説あるが、戦後のホルモン焼きがそれだというのが一般的に有力と言われている。
敗戦後の食糧不足の時代、日本人が食べていなかったホルモンを在日朝鮮人が入手し、闇市で直火で焼くスタイルで食べさせた、というのが通説である。
日本という土地で、和牛という素材の存在によって、戦後闇市の日本の焼肉は大きく進化を遂げた。
煙もくもくの中、カルビを白米片手にビールで流し込むのも焼肉。
日本料理や西洋料理の技法を取り込んで、焼くだけじゃないサプライズが組み込まれたコース料理も焼肉。
令和の焼肉は多様性に富んだ姿を見せてくれる。
そんな焼肉を極限にまで突き詰め、一つの境地に辿り着いたお店が存在する。
店主の哲学を強烈に感じるそのお店は、小田急線参宮橋駅にある【焼肉いぶさな】。
『美食の王様』として著書出版、テレビや雑誌などでグルメ評を行っていた、あの来栖けいさんが店主を務めている店だ。
扱う素材は、いぶさなの店名の由来となっている「いぶさな牛」。
ここで簡単にいぶさな牛について説明したい。
まず和牛には次の4つの品種が存在する。
黒毛和種
褐毛和種
無角和種
日本短角種
の4種だ。
実は和牛という名前でありながら、和牛の出荷頭数のほとんどを占める黒毛和種をはじめ、全ての和牛が日本にもともといた在来種に外国の品種をかけあわせ品種改良されているものだ。
しかし、外国の品種との交配がされていない純血の在来種もごくわずか存在する。それは
天然記念物にも指定されている山口県の見島牛
鹿児島県のトカラ列島で野生の牛として生息している口之島牛
岡山県の竹の谷蔓牛
の3種のみである。
この純血の在来種の中で竹の谷蔓牛は、濃い赤身が特徴だが、出荷頭数が年間1頭のみという超希少種であり、なかなか食べることが出来ない。
そこで竹の谷蔓牛の特徴を強く残せるように、竹の谷蔓牛と黒毛和種を交配したのが、いぶさな牛である。
黒毛和種との交配によって、いぶさな牛は月にだいたい1頭出荷できるようになり、それがいぶさなのオープンに繋がる。
血統だけでなく、肥育方法も影響していると思うが、いぶさな牛はサーロインやバラといった一般的には霜降りがしっかりと入る部位であっても、赤身主体でサシもあっさりとしている。
毎日のように黒毛和種を食べ慣れている肉バカには衝撃的だ。
いぶさなでは、基本的には店主・来栖さんが全てのお肉を焼いてくれるのだが、この「焼く」というプロセスが、今までの焼肉を概念を覆す。
普通の人が焼肉屋さんでお肉を焼く場合、一般的には上下の面を同じ割合、つまり5:5の比率で焼く場合が多いと思う。
焼くというプロセスにこだわる焼肉好きであれば、5:5の比率もあれば、8:2の比率もある、といった具合に、部位によって変える場合もある。
しかし、来栖さんの火入れは完全に振り切っている。
片面をとにかくしっかりと焼き、もう片面はほんの一瞬。
表面に浮いた肉汁をジュッと飛ばす程度といえばイメージしやすいだろうか。
その比率は9.5:0.5だという。
この店主が考える理想的な火入れを実現する為に必要なのが、「熱源」と「カット」。
熱源は、徹底的にこだわった最高級の備長炭を仕入れ、予約の時間に最も良い状態になるように着火のタイミングにもこだわる。
カットは、部位の特徴を把握して、それぞれに最適な厚さを追求している。
そして、この独創的な火入れによって生み出される味わいは、非常にステーキに近い。
ステーキとの違いは、ナイフとフォークで切って食べるか、それとも一口で頬張れるか、くらいである。