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DV避難、子どもに伝える?【逃げる技術!第10回】計画を知られて頓挫するケースも

児童相談所による客観的なジャッジ

このように弁護士の先生のセカンドオピニオンも取った上で、家を出る決め手となったのは、なによりも児童相談所から「父親とお子さんを離してください」といわれたことでした。

児相から呼び出された面談では、職員さんの言葉の端々から、わたしという人間が子どもにとっての加害者かどうかアセスメント(評価)されているのだ、とひしひし伝わってきました。児相の職員さんは、「DVの行われる場にお子さんが同席しているのは、『面前DV』といってお子さんへの虐待にあたるのだ」ということをいろんな言い方でわたしに教えてくれました。

客観的に見ると、妻にモラハラをする夫と同居しているうちの子ども達は、いま「悪い環境」に置かれているのです。わたしはそれまで問題の中心をどちらかというと「自分の苦しみ」に置いてしまっていました。「もう耐えられない」「逃げるか、このままがんばるか、どうしようか」と。
児相との面談で 「ああ、夫という人間がいる『悪い環境』に子ども達を置いたままにしておけば、わたしもまた『悪い保護者』と児相から見なされるのだ」と理解したのです。

児童相談所というのは、子どもの福祉(幸せ)のための機関です。弁護士や警察とは違って、夫婦のモラハラやDVの案件で必ずしも関わってくる機関ではありません。我が家の場合は先ほども書いたように自治体から東京都の児相へと連絡がいったので、呼び出されたのでした。

実は、「なんとか一緒に暮らしながら夫を変えることはできないか」とも何度も考えました。むしろ、そうできるならそっちのほうが楽なのです。逃げるには移動や住まいなど、多額のお金がかかります。必要最低限の子ども2人分の学用品・衣類・おもちゃを運び出すだけでもその量を考えるとぞっとします。夫に隠れて実行する難しさもあります。世間体も悪いです。実の親や義実家にどう話そうか、という悩みもありました。

しかし、児童相談所は子の福祉を何より優先する機関です。夫のモラハラやDVをなんとかしたい、という気持ちを持って面談に臨みましたが、児相のスタンスとしては「藤井さんちのそれらは明らかにDVですね。そんなところにお子さんを置いていてはいけませんよ」というものでした。

児相は、DVやモラハラをなんとかするにはどうしたらいいか、というアドバイスをくれる場所ではありません。これは別にがっかりしたということではなく、わたしの認識が違っていた、甘かった、ということです。児相とは、家庭が子どもにとって安全ならOK、逆に危険な場所なら子どもを家庭から引き離すという判断のできる行政機関なのです。

家庭にDVがあることが明らかで、そのまま状況が改善されなければ、児相は子の福祉(幸せ)を優先して、調査のために子どもを一時保護(一時保護所に原則2ヶ月間までの入所)することがあります。児相は子どものために一時保護するのですが、子ども本人にとってみたら、親、お友達、地域、習い事、大好きなおもちゃなど、さまざまな結びつきが突然に断たれてしまいます。学校や園にも通えません。生活リズムも厳しく管理され、環境がガラリと変わります。それだけは避けたいと考えました。

ですので、わたしはその場で「夫が出ていってくれなければ、わたしが子どもを連れて引っ越します。引越し先を探します」とはっきり伝えて帰ってきました。そのようにいうことで、児童相談所の方達がふむふむと納得するような表情になったことを覚えています。

子どもに避難を伝えるかどうかはケースバイケース

区役所の福祉課の相談員さんとの二度目の面談で、「家出することにしました。◯日に出ようと思っています」と話すと、「それはよかったです。決断が早いですね」とニッコリほほえまれました。

続けてわたしが「子どもには家を出ることを、いつ頃、どうやって伝えるのがよいでしょうか?」と聞くと、しばらく「うーん」と悩ましい顔を見せてから「お子さん達に避難する予定を伝えるほうがよいかどうかは、ケースバイケースですね。

お子さんの年齢が小さいと、別居や避難の意味もよくわからないまま口にしてしまい、相手に伏せていた計画を知られることとなります。そして別居しづらくなる、そういうこともままあります。年齢やそれまでの経緯によっては、「事前に転居予定を伝えないこと、イコール、お子さんの意思を尊重していないということには必ずしもつながりませんよ」といわれました。実際には、安全を優先して、お子さんには事前に伝えずに避難をする、という事案も少なくないそうです。

Tips 37
家出や離婚の検討がパートナーに知られると、家を出られなくなるばかりでなく、DVがエスカレートする可能性も。

家を出たいか、子どもに質問してみた

これは、わたしとしては大いに悩みました。悩んだ結果、わたしは家出予定の10日ほど前に、率直に、普段通りの会話のような調子で子ども達に質問してみました。

「あのね、パパは何度いっても悪いのが治らないでしょう。ママに対して意地悪なのはともかく、◯◯ちゃんの頭をあんなふうにたたいて謝らないのは、よくないことだと思う 。
パパだってあなた達のことは大好きなはず。パパもわかってくれたら、あなた達に対してもっと優しくなるんじゃないかと思う。

でも困ったことに、言葉で何回いってもどうしても伝わらないでしょう。全然イヤなことをやめてくれない。だから家を出ようかと思う。どうしたい?」

子ども達ふたりは即答しました。
「家出する!」
「わたしだって(パパが)イヤだ!」

そして、「じゃあ◯日に家出するから、その日までに、絶対に持っていきたい大事なものをこの箱に入れておいて」と、それぞれに無印良品の大きな収納ボックスを1つずつわたしました。

子ども達はおもちゃやドリル、人形、絵本、プラスチックのネックレスや指輪、シールなどを少しずつそれに入れていっているようでした。収納ボックスにしたのは、バッグに詰めさせると家出準備に見えかねないと思ったからです。

「パパに知られたら家出できなくなるからね。このことは大きな声ではしゃべらないように」というわたしの話もちゃんと理解して、父親の前では一切話さず、むしろいつもよりよほど「無邪気なよい子」としてふるまっていました。

3歳の子どもが10日間も秘密を守れるのだろうか、という気がかりは杞憂に終わりました。幼くてもこちらが考える以上にわかっていたようです。ということは、これまで父親のDVに対して無理に対応させてしまっていたのかもしれない、とも胸が痛みました。

子連れDV避難をする際に、お子さんに事前に話すかどうかは、ご家庭ごとの判断になると思います。なによりも安全性を優先させてください。

我が家の場合は、もし突然「今日、これからおうちを出ます!」と伝えると、泣く、騒ぐ、なぜなぜ攻めになる、あれを持ち出したい、これも、あれも、と荷造りがとんでもなくなる、といったリスクがあり、禍根を残すかもしれない、そればかりか騒いで家を出られなくなるかもしれない、と考えました。それよりはきちんと話して準備したほうがスムーズにいくと判断したのです。

先ほど書いた子どもとの会話も、もしかすると「母親が家出へと子を誘導している」と感じる方もいらっしゃるかもしれません。ただ、わたしとしては、子どもの意思は絶対に誘導してはならないと考えていたので、言葉を選びながら、でもなるべく普通の会話のようにさらっと話すように努めました。

叩かれた一件以降、父親の在宅時は明らかに子ども達は二人とも体を強張らせ、家の中のどこに父親がいるのか、近づいてはこないかとチラチラと確認しながら過ごすようになっていました。会話も極端に減り、父親と一緒にお風呂やシャワーに入ることもなくなり、一触即発というように見えました。

その緊張状態を考えると、子どもを守り、尊重するにはこのような伝え方が最善ではないかと考えて事前に話しました。避難して落ち着いてからの子ども達の見違えるようにのびのびとした様子からは、うちの場合はこれでよかったのだと感じています。

Tips 38
DV避難について事前に子どもに話すかどうかは、お子さんの年齢やご家庭ごとの状況によります。慎重にご判断ください。

***

次回はDVやモラハラのメカニズムを理解する上で役立つ概念「DVのサイクル」について書きます。わたしは自治体のDV相談員さんから、このサイクル理論に基づいて、「家出までは気づかれないよう、穏やかに過ごしてください」とアドバイスを受けました。さて、その理由とはなんだったのでしょう?

当連載は毎月第1、第3月曜更新です。次回は3月18日(月)公開予定です。

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藤井セイラ

編集者、エッセイスト。2児の母。東京大学文学部卒業後、広告・出版を経てフリーに。子育てに関連する勉強が好きで、気がつけば、保育士、学芸員、幼保英検1級、絵本専門士、小学校英語指導者資格、日本語教師、ファイナンシャルプランナー2級など、さまざまな資格を取得。趣味はマンガとボードゲーム。苦手なものはお寿司。最近、映画館で観たのはプリキュア。

X(ツイッター) @cobta https://twitter.com/cobta

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