2023.8.23
猛暑と室内履き
愛猫を見送り、ひとり暮らしとなった群ようこさんの、ささやかながらも豊かな日常時間をめぐるエッセイです。
版画/岩渕俊彦
第18回 猛暑と室内履き

夏は暑いのが当たり前とはいえ、今年の夏は特に、エアコンなしではいられないほど、強烈に暑い。マレーシアに行った人から聞いた話では、現地よりも東京のほうがずっと暑いそうである。こんなに暑いと私の脳の働きもいまひとつになり、毎日、必ずといっていいほど、
「あれ?」
と首を傾げることが多くなった。
買い物に行って、ひとつだけ買う物を忘れたり、レンズが透明のサングラスをかけているのに、サングラスはどこだと外出先であせってみたり、隣の部屋に物を取りに行ったのはいいが、部屋に入ったとたんに、
「はて、何を取りに来たのやら」
と考える始末である。しばらく考えて、
「あ、そうそう」
と思い出すのだが、その過程を考えると、「自分、大丈夫か?」
といいたくなる。前期ではあるが高齢者となると、そういった日常の細かいことが、何かよろしくない事柄につながるのではないかと不安になるのだ。
先日、私のところに物を送ってくださった方がいたのだが、住所を書き間違えたそうで、戻ってきてしまったと連絡があった。忙しいなか時間を割いて送ってくださり、こちらはただ待つだけなので実害はなかったのだが、ご本人は、「己のボケぶりが情けない」とがっかりされたようだった。誰しも間違いがあるものだし、うちの住所には似た地名がいくつかあるので、間違いやすいのも当然だった。すぐに送り直してくださって、無事に手元に届いた。
それからひと月も経たないうちに、その方以外に、うちに届くはずの荷物で、五件も宅配便の住所間違いが起こった。送り主は通販業者ではなく、みな私の知人である。最初は、宅配便の配達員の方が、
「住所が間違っていました」
とちょっと困ったふうにいったので、
「ああ、それは本当に申し訳なかったです」
と謝っておいたのだが、その後も同様の問題が起こり、住所の書き間違いだったり、番地や枝番がごっちゃになっていたりして、しまいには、
「また間違っていましたよう」
と彼は悲しそうな声でいうようになってしまった。
この猛暑のなか、配達を仕事にしている方々は、本当に大変だ。送り状に書き間違いがあっても、こちらは、
「はあ~、5が8になっていたんですね。本当に何度もすみません」
と謝るしかないのだが、この暑さだから、脳もきちんと働かず、漢字も数字も書き間違える。そうなるのも当然だろうと考えるようにした。私もほぼ毎日、「?」となるようなことをやらかしている。すべて暑さのせいなのである。