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猛暑と室内履き

27年ぶりの引っ越しにともなう不要品整理。溜まりに溜まったものを処分し厳選するなかで、残したもの、そばに置いておきたいものとは。そして、来るべき七十代へ向けて、すること、しないこととは。
愛猫を見送り、ひとり暮らしとなった群ようこさんの、ささやかながらも豊かな日常時間をめぐるエッセイです。

版画/岩渕俊彦

第18回 猛暑と室内履き

版画:岩渕俊彦
版画:岩渕俊彦

 夏は暑いのが当たり前とはいえ、今年の夏は特に、エアコンなしではいられないほど、強烈に暑い。マレーシアに行った人から聞いた話では、現地よりも東京のほうがずっと暑いそうである。こんなに暑いと私の脳の働きもいまひとつになり、毎日、必ずといっていいほど、
「あれ?」
 と首を傾げることが多くなった。
 買い物に行って、ひとつだけ買う物を忘れたり、レンズが透明のサングラスをかけているのに、サングラスはどこだと外出先であせってみたり、隣の部屋に物を取りに行ったのはいいが、部屋に入ったとたんに、
「はて、何を取りに来たのやら」
 と考える始末である。しばらく考えて、
「あ、そうそう」
 と思い出すのだが、その過程を考えると、「自分、大丈夫か?」
 といいたくなる。前期ではあるが高齢者となると、そういった日常の細かいことが、何かよろしくない事柄につながるのではないかと不安になるのだ。
 

 先日、私のところに物を送ってくださった方がいたのだが、住所を書き間違えたそうで、戻ってきてしまったと連絡があった。忙しいなか時間を割いて送ってくださり、こちらはただ待つだけなので実害はなかったのだが、ご本人は、「己のボケぶりが情けない」とがっかりされたようだった。誰しも間違いがあるものだし、うちの住所には似た地名がいくつかあるので、間違いやすいのも当然だった。すぐに送り直してくださって、無事に手元に届いた。
 それからひと月も経たないうちに、その方以外に、うちに届くはずの荷物で、五件も宅配便の住所間違いが起こった。送り主は通販業者ではなく、みな私の知人である。最初は、宅配便の配達員の方が、
「住所が間違っていました」
 とちょっと困ったふうにいったので、
「ああ、それは本当に申し訳なかったです」
 と謝っておいたのだが、その後も同様の問題が起こり、住所の書き間違いだったり、番地や枝番がごっちゃになっていたりして、しまいには、
「また間違っていましたよう」
 と彼は悲しそうな声でいうようになってしまった。
 この猛暑のなか、配達を仕事にしている方々は、本当に大変だ。送り状に書き間違いがあっても、こちらは、
「はあ~、5が8になっていたんですね。本当に何度もすみません」
 と謝るしかないのだが、この暑さだから、脳もきちんと働かず、漢字も数字も書き間違える。そうなるのも当然だろうと考えるようにした。私もほぼ毎日、「?」となるようなことをやらかしている。すべて暑さのせいなのである。

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群ようこ

むれ・ようこ●1954年東京都生まれ。日本大学藝術学部卒業。広告会社などを経て、78年「本の雑誌社」入社。84年にエッセイ『午前零時の玄米パン』で作家としてデビューし、同年に専業作家となる。小説に『無印結婚物語』などの<無印>シリーズ、『散歩するネコ れんげ荘物語』『今日はいい天気ですね。れんげ荘物語』などの<れんげ荘>シリーズ、『今日もお疲れさま パンとスープとネコ日和』などの<パンとスープとネコ日和>シリーズの他、『かもめ食堂』『また明日』、エッセイに『ゆるい生活』『欲と収納』『よれよれ肉体百科』『還暦着物日記』『この先には、何がある?』『じじばばのるつぼ』『きものが着たい』『たべる生活』『これで暮らす』『小福ときどき災難』『今日は、これをしました』『スマホになじんでおりません』『たりる生活』『老いとお金』、評伝に『贅沢貧乏のマリア』『妖精と妖怪のあいだ 評伝・平林たい子』など著書多数。

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