よみタイ

冬の手荒れとタイツに浮かぶ謎の筋

 家で生き物を飼っていると、魚類は別にして、特に毛の生えているものは、やたらと手で触ってしまう。私がそのクリームを塗って、ネコの体を触ろうとすると、一瞬、
「んっ!」
 という表情になって、ちょっと退き、今度はゆっくりと手の匂いを嗅ぐ。そしてまさに、
「わっ、いやっ」
 と顔をしかめた後、私の顔を見ながら、
「いやーっ!」
 と力一杯鳴くのだ。
 この「いやーっ」なのだが、あるとき、動物を飼った経験がない人に、
「この鳴き方は創作ですよね」
 といわれた。飼った人ならわかると思うけれど、イヌやネコは、「ワン」や「ニャー」しかいわないわけではなく、微妙な声で鳴いたり、もごもごと話したりということはいくらでもある。そのときも本当にいやそうに、その発音で、
「いやーっ」
 と鳴いたのだった。
「あらー、これきらい? 困ったわねえ」
 とつぶやいても、相手は、ふんときびすを返して行ってしまった。
 寝る前ならいいかと手に塗っていたら、ネコが私の手を舐めようと近寄ってきて、指に顔を近づけたとたん、
「うわっ」
 と顔をしかめて、急ぎ足で自分のベッドに戻っていってしまったこともあった。ネコが舐めてくれるはずだったのにいやがられて、とても悲しかった。手の荒れとネコとの間でしばし悩んだけれど、もちろんネコを選んだ。
 私の手に効果があったハンドクリームには、手荒れにとても効く特殊なケミカルな成分が入っていたのだろう。うちのネコは、食事も含めて、オーガニックこうだった。彼女が気に入って、手を舐めてくれるハンドクリームは、あまり効果がみられず、私の手はずっと荒れたままだった。そのうえざらざらしているネコの舌で、荒れた手を舐められるのは辛かったが、それでもうれしさのほうが勝っていたので、じっと耐えていた。

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新刊紹介

群ようこ

むれ・ようこ●1954年東京都生まれ。日本大学藝術学部卒業。広告会社などを経て、78年「本の雑誌社」入社。84年にエッセイ『午前零時の玄米パン』で作家としてデビューし、同年に専業作家となる。小説に『無印結婚物語』などの<無印>シリーズ、『散歩するネコ れんげ荘物語』『今日はいい天気ですね。れんげ荘物語』などの<れんげ荘>シリーズ、『今日もお疲れさま パンとスープとネコ日和』などの<パンとスープとネコ日和>シリーズの他、『かもめ食堂』『また明日』、エッセイに『ゆるい生活』『欲と収納』『よれよれ肉体百科』『還暦着物日記』『この先には、何がある?』『じじばばのるつぼ』『きものが着たい』『たべる生活』『これで暮らす』『小福ときどき災難』『今日は、これをしました』『スマホになじんでおりません』『たりる生活』『老いとお金』、評伝に『贅沢貧乏のマリア』『妖精と妖怪のあいだ 評伝・平林たい子』など著書多数。

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