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私は一体、なんのために介護なんてしているのだろう 第7便 先の見えない老親の介護

クォン・ナミさんから村井理子さんへ

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 理子さんへ

 お返事が遅くなってしまい、申し訳ありません。私より忙しい理子さんに、忙しいなんて言うのもアレですが……。毎日、北国で雪かきをしているように、せっせと働いています。実際のところ、外に降る雪を眺める余裕すらありません。翻訳の締め切りに追われているうちに、気づけばもう三月。このままでは、あっという間にクリスマスが来てしまいそうです。クリスマスを過ぎたら、私、来年還暦。あぁ、なんてこと!

 そんな中、うれしいニュースが!
 理子さん、二月一日付の日本経済新聞のコラムで、私の本『翻訳に生きて死んで』をご紹介いただき、本当にありがとうございました!
 日本の知人が新聞を撮影して送ってくれたのですが、驚きのあまり心臓が飛び出しそうでした。コラムの最後に、「これから先、韓国文学ブームの後押しを得て、彼女の作品が日本でも多く出版されていくことだろう」と書いてくださいましたよね。実は、その予言のような言葉の通り一冊のエッセイ集が日本語版として出版されることになりました! 言葉にできないほどの喜びと感謝でいっぱいです。いくら感謝してもしきれません。

 さて、理子さんのメールを読んで、お義母さまが寒い部屋でぽつんと座っている姿が目に浮かび、胸が締めつけられる思いがしました。
 高齢のご両親が二人きりで暮らしていると、ご心配が尽きないでしょうね。体が楽なら心が落ち着かず、心が楽なら体が辛い。親を支えるというのは、きっとそういうものなのでしょう。私も、母が近くの町で一人暮らしをしていたときは、いつもそんな気持ちでした。毎日電話をして、週に一度は訪ねていましたが、それでもいつも申し訳ない思いでいっぱいでした。

 その母が認知症になったとき、「これからの私の人生は暗闇だ」と絶望したことを、今でもはっきり覚えています。私は母の介護を担いました。最も過酷だったのは、かいせんにかかった母をわが家で介護していたことです。母は寝たきりでおむつをしていましたが、疥癬は感染力が強いため、どの病院も施設も受け入れてくれませんでした。
 本来なら、国民健康保険公団の支援を受けて 「一日三時間の訪問介護サービス」を利用できるはずでした。しかし、「疥癬の感染リスクがある」という理由で、訪問介護士も来てくれませんでした。
 母を介護する者は、この世で私たったひとりしかいませんでした。

 母の疥癬治療のために、私は毎日、寝具を煮沸消毒し、服を着替えさせるといった作業を繰り返しました。全身に薬を塗り、十二時間後に洗い流すことも大変でしたが、幸いというか、これは週一回で済みました。寝たきりの母のおむつを替えるのも一苦労でしたが、体が丈夫とはいえない私も、もう慣れるしかありませんでした。
 やっと替えさせ終えたと思ったら、またすぐにもれてしまう……。老人の体はウンチをするというより、だらだらと流れ出ているような状態ですね。五回たてつづけにおむつを交換したこともあります。私より重い母の体を動かしながらのおむつ替えは、腰の骨が折れそうなほどの重労働でした。

 でも、おむつ替えよりも辛かったのは、認知症による母の妄想でした。
「お父はんが焼肉を買ってきたのに、あんたがドアを開けへんから入れへん!」
「**(孫)がウナギを届けてくれたのに、あんたが隠した!」
 そんなときは、実際に焼肉やウナギを買ってくるしかありませんでした。話が全然通じないですから。そして何より困ったのは、「あんたがわいを殺そうとしとるのは知っとる!」と言って、薬を服用拒否することだったかな。

 長い入院生活でできたじよくそうもきれいに治し、疥癬も完治させた後、私は母を施設に預けました。寝返りも打てない母を一人で介護するのは、限界でした。施設にいるときもほぼ毎日面会に行きましたが、後悔しています。もし母が戻ってきたら、どんな方法を使ってでも家で介護したいと。でも、また同じ状況になったらできないことはやはりできないでしょうね。

 母が一年だけの苦しみで旅立ったことに感謝しています。もっと長かったら、私が先に倒れていたでしょう。
 いつ終わるかわからない介護の日々。先が見えない。これが、介護をする側にとって一番辛いことかもしれません。理子さんの介護の苦しさが、痛いほど伝わってきます。自分の親じゃなかったら、私は理子さんのようにできなかったと思います。理子さんは偉いです。

 韓国でも、介護の負担は女性に偏りがちです。病院や施設に行くと、いつも「娘さんですね? やっぱり、娘しかやらないですよね」といった言葉をよく聞きました。さらに、娘や嫁が在宅勤務をしていると、「時間に余裕がある」と思われ、周囲の人たちに都合よく使われてしまいます。締め切りに追われ、空をゆっくり眺める時間さえない私たちに対して、まるで当然のように。

 先週、平凡社の編集者の野崎真鳥さんがソウルにいらして、翻訳家の藤田麗子さんと空港で三人で会いました。まるでドラマを撮影しているような気分でした。ソウルの空の下で、こんな組み合わせが実現するなんて!
 いつか、理子さんともこうして会って一緒にビールを飲める日が来るのでしょうね。その日が訪れるのを、私も心から楽しみにしています。そのときは、締め切りに追われる生活も介護のことも忘れて、思いきり楽しみましょう!

 最近、私は晩春に向けて新たな計画を立てています。きっと聞いたら驚かれると思います。気持ちはまだ20代のつもりで、やりたいことや夢は尽きません。でも、体はしっかり年齢を覚えていて、あちこち痛んだり凝ったり……なんて正直な体でしょう。
 理子さん、たぶん私たちは思っているよりも近い未来に会うことになりそうです。楽しみです。

 それでは、また。

ナミ 

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*次回は4月15日(火)公開予定です。

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新刊紹介

クォン・ナミ(權南姬)

クォン・ナミ(權南姬)
1966年、大邱生まれ。韓国を代表する日本文芸の翻訳家でエッセイスト。主な訳書に、村上春樹『パン屋再襲撃』『村上ラヂオ』、小川糸『食堂かたつむり』『ツバキ文具店』、恩田陸『夜のピクニック』、群ようこ『かもめ食堂』、天童荒太『悼む人』、益田ミリ『僕の姉ちゃん』シリーズ、角田光代『紙の月』、三浦しをん『舟を編む』、東野圭吾『宿命』、ヨシタケシンスケ『メメンとモリ』、 鈴木のりたけ『大ピンチずかん1,、2』など翻訳歴約32年の間に300冊以上を担当。著書に、エッセイ『ひとりだから楽しい仕事』『翻訳に生きて死んで』(日本語版平凡社刊)、『面倒だけど、幸せになってみようか』『ある日、心の中にナムを植えた My Dog's Diary』『スターバックス日記』 などがある。

권남희
1966년, 대구 출생. 일본문학번역가, 에세이스트. 지은 책으로 『번역에 살고 죽고』 『귀찮지만 행복해볼까』『혼자여서 좋은 직업』『어느 날 마음속에 나무를 심었다』『스타벅스 일기』가 있으며, 옮긴 책으로 『빵가게재습격』『무라카미 라디오』『밤의 피크닉』『달팽이식당』『츠바키 문구점』『카모메식당』 『애도하는 사람』 『종이달』 『배를 엮다』 『누구』『라이온의 간식』 『숙명』 『무라카미 T』 『메멘토모리』 『위기탈출도감1,2』 외에 많은 작품이 있다.






村井理子

1970年、静岡県生まれ。翻訳家、エッセイスト。主な著書に『兄の終い』『全員悪人』『いらねえけどありがとう いつも何かに追われ、誰かのためにへとへとの私たちが救われる技術』『ハリー、大きな幸せ』『家族』『はやく一人になりたい!』『村井さんちの生活』 『村井さんちのぎゅうぎゅう焼き』『ブッシュ妄言録』『更年期障害だと思ってたら重病だった話』『本を読んだら散歩に行こう』『ふたご母戦記』『ある翻訳家の取り憑かれた日常』『義父母の介護』『エヴリシング・ワークス・アウト 訳して、書いて、楽しんで』など。主な訳書に『「ダメ女」たちの人生を変えた奇跡の料理教室』『黄金州の殺人鬼』『メイドの手帖』『エデュケーション』『捕食者 全米を震撼させた、待ち伏せする連続殺人鬼』『消えた冒険家』『ラストコールの殺人鬼』『射精責任』など。

무라이 리코
1970년, 시즈오카현 출생. 번역가, 에세이스트. 주요 저서로 『오빠가 죽었다』 『낯선 여자가 매일 집에 온다』 『필요 없지만 고마워: 항상 무언가에 쫓기고, 누군가를 위해 지쳐있는 우리를 구원하는 기술』 『하리, 커다란 행복』 『가족』 『빨리 혼자가 되고 싶어!』 『무라이 씨 집의 생활』 『무라이 씨 집의 꽉꽉 채운 오븐구이』 『부시 망언록』 『갱년기 장애인 줄 알았는데 중병이었던 이야기』 『책 읽고 나서 산책 가자』 『쌍둥이 엄마 분투기』 『어느 번역가의 홀린 듯한 일상』 『시부모 간병』 등이 있다. 주요 번역서로는 『요리가 자연스러워지는 쿠킹 클래스』 『어둠 속으로 사라진 골든 스테이트 킬러』 『메이드의 수첩』 『배움의 발견』 『포식자: 전 미국을 경악하게 한, 잠복하는 연쇄 살인마』 『사라진 모험가』 『라스트 콜의 살인마』 『사정 책임』 등이 있다.

X:@Riko_Murai
ブログ:https://rikomurai.com/

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