2025.2.11
一人の人間として、親を見ることができるようになるまで 第6便 母親の気持ちの複雑さ
クォン・ナミさんから村井理子さんへ
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理子さんへ
理子さん、体調が優れないなかでメールをいただき、ありがとうございます。こちらソウルも寒い日が続いていますが、滋賀県もきっと冷え込みが厳しい頃かと思います。どうか雪景色のなかでお体に気をつけてお過ごしください。胃腸炎で大変な思いをされたんですね。本当にお辛かったことと思います。締め切りがいくつも重なると、胃腸炎が悪化することって、あるあるですよね。私も同じような経験がありますが、どんな薬を飲んでも効かなかった胃腸炎が、仕事を片づけ終わった後はすっと治ったりして。
とはいえ、今回のメールで体調を崩されたと書かれていた部分を読んで、申し訳ないのですが、思わず声を出して笑ってしまいました。実は私も、ずっと体調を崩していたんです。今は、私を親身に看病してくれていた娘がインフルエンザにかかり、彼女を看病する毎日ですが。
私は幼い頃から、少し触れただけで倒れそうなほど華奢に見えたらしく、会う人々から「どこか具合が悪いの?」とよく聞かれました。でも実際には、これまで風邪やコロナ以外で病気になったことがありません。今回、生まれて初めて本当に病気らしい病気を体験した気がします。それでも、もうすぐ出版される翻訳書の校正が次々に届いて、ゆっくり休むことができませんでした。
それにしても、やはり私たちの「前世は双子だった説」は正しいかもしれませんね。同じタイミングでこんなふうに体調を崩すなんて。まあ、双子でなくても、普段から働き詰めの理子さんと私が倒れるのも無理はないかも。今年は少しゆっくり働ける年になると良いのですが……。
理子さんには双子の息子さんがいらっしゃいますよね。いつか話したことがあると思いますが、私の父も、私の弟たちも双子だったんです。父の双子の弟は五十代で亡くなり、父は八十三歳でこの世を去りました。そして、私の弟たちのうち一人は生後八ヶ月で病気で亡くなり、一人は小学六年生のときに事故で亡くなったのです。双子でも運命が違うのだなと思います。年子だったので、子どもだった私は弟を失う悲しみを深く感じることはありませんでしたが、長女、次女、三女、そして四女(私)を産んだ後、ようやく得た息子たちを亡くした母は、悲しみを一生背負い続けたのではないかと思います。六年生だった弟が亡くなってから、家族は誰も弟の名前を口にすることはありませんでした。
私は母にインタビューをしたことがあります。「お母さんの話を私が本に書いてあげるから、話したいことを自由に話してみて」と声をかけて。それは、益田ミリさんの『永遠のおでかけ』という本を翻訳した際に得たヒントがきっかけでした。その本では、益田ミリさんが亡くなる前の父親にインタビューをする場面が描かれています。私もそれに倣い、娘と一緒に二十個ほどの質問を用意して、録音しながら同時に筆記を行いました。ただ、ひとつひとつの質問に対する母の回答があまりにも長く、娘と私はへとへとに疲れてしまった記憶があります。胸に秘めた波乱万丈の人生――どれほど話したいことが溢れていたのでしょうね。偶然にも、この記録を残した数ヶ月後、母は認知症とパーキンソン病を患い入院し、その後一年ほどで亡くなりました。そのインタビューのなかで、最後まで聞けなかったのが弟に関することです。それは、何十年もの時が過ぎても、触れることのできない悲しみの塊だったからです。
理子さん、昔、韓国のテレビCMでこんなコピーが流行したことがあります。「やんちゃでもいい、たくましく育っておくれ」。まあ、やんちゃどころか親を悩ませる種をまき散らしてくれることも多いけれど、健康でいてくれるだけで御の字だと思います。そして、目の前にいてくれるだけでありがたいものですよね。そう思ったほうが、こっちのメンタルにも優しい気がします。
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いやいや、私は家族の話を聞かれても、全然抵抗なんてありません。 ただ、インタビューで「あなたにとって家族とは?」と聞かれたら、ちょっと困るかもしれません。そこで長々と家族のことを語るわけにもいかないし、何か美化して綺麗なことばかり言うしかないでしょう。
家族とは、仲が良くても悪くても、どんな場合でも手放してはいけない存在だと思っていました。でも、母の葬儀を終えた後、私は家族の手を放してしまいました。家族だからといって、誰か一人が犠牲になり続けるのは、あまりにも理不尽です。彼らにとっては「優しくて従順だった末っ子の反乱」だったのかもしれません。
そうですね、みんなが去っても、私たちには翻訳があります! わんちゃんは無条件に私たちを愛してくれるありがたい存在で、翻訳は私たちが無条件に愛せる存在だからこそ感謝しているのかもしれません。今年は年明けから、『椿ノ恋文』(小川糸)、『続 窓ぎわのトットちゃん』(黒柳徹子)、『大ピンチずかん』(鈴木のりたけ)、『おしごとそうだんセンター』(ヨシタケシンスケ)などの翻訳書が出版されます。そう、体調が悪い私を休ませてくれなかった本たち。でも、ご覧の通り、どれも面白くて心温まる本だったからこそ、翻訳をやり遂げることができたのだと思います。死にそうなほど辛いときに、もし殺伐とした内容や血が流れるような本だったら、もっと大変だったかもしれません。文学を翻訳していて本当に良かったです(笑)。
年を取るとやめざるを得ない職業も多いですが、翻訳は年齢を重ねるほど評価されるので、本当にありがたい仕事だと思います。でも、次に生まれ変わるなら、経済的に裕福な家の専業主婦になりたいな。
理子さん、今年もお忙しいですよね? 私も今年は何冊かの翻訳書に加え、春と秋にそれぞれエッセイを出版する予定で、とても忙しくなりそうです。連載したエッセイを本にするのではなく、完全に書き下ろしです。一冊は『東京ひと月暮らし』、もう一冊は『母、娘、私』というテーマで書きます。過去に出版したエッセイ集のなかで、母と娘に関するエピソードが特に人気があり、二年前にある出版社の代表から「ぜひこのテーマで一冊書いてください」と依頼を受けました。日本でも紹介されると嬉しいです。
理子さんがTikTokで韓国のレストランをご覧になっているということは、いつか韓国を訪れるご予定があるということですよね! ぜひお越しください。ただ、暑い夏は避けてくださいね。日本語で会話できる(というか、私より上手い)娘と一緒に、おいしいご飯とお酒をご馳走します。
もう送る前から、次のメールが届くのを楽しみにしています。
ナミ
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*次回は3月11日(火)公開予定です。
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それぞれに個性的な母たちを活写する話題作!
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癌の闘病ののちに亡くなった実母、高齢の義父とふたりで暮らす認知症が加速度的に進行する義母。昭和時代を必死で駆け抜けた女性ふたりの人生をたどる。
書籍『実母と義母』の詳細はこちらから
好評既刊『兄の終い』『全員悪人』『家族』をめぐる濃厚エピソードと40冊
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実兄の突然死をめぐる『兄の終い』、認知症の義母を描く『全員悪人』、壊れてしまった実家の家族について触れた『家族』。大反響のエッセイを連発する、人気翻訳家の村井理子さん。認知症が進行する義母の介護、双子の息子たちの高校受験、積み重なりゆく仕事、長引くコロナ禍……ハプニング続きの日々のなかで、愛犬のラブラドール、ハリーを横に開くのは。読書家としても知られる著者の読書案内を兼ねた濃厚エピソード満載のエッセイ集。
書籍『本を読んだら散歩に行こう』の詳細はこちらから。
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