よみタイ

一人の人間として、親を見ることができるようになるまで 第6便 母親の気持ちの複雑さ

クォン・ナミさんから村井理子さんへ

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 理子さんへ

 理子さん、体調が優れないなかでメールをいただき、ありがとうございます。こちらソウルも寒い日が続いていますが、滋賀県もきっと冷え込みが厳しい頃かと思います。どうか雪景色のなかでお体に気をつけてお過ごしください。胃腸炎で大変な思いをされたんですね。本当にお辛かったことと思います。締め切りがいくつも重なると、胃腸炎が悪化することって、あるあるですよね。私も同じような経験がありますが、どんな薬を飲んでも効かなかった胃腸炎が、仕事を片づけ終わった後はすっと治ったりして。
 とはいえ、今回のメールで体調を崩されたと書かれていた部分を読んで、申し訳ないのですが、思わず声を出して笑ってしまいました。実は私も、ずっと体調を崩していたんです。今は、私を親身に看病してくれていた娘がインフルエンザにかかり、彼女を看病する毎日ですが。

 私は幼い頃から、少し触れただけで倒れそうなほど華奢に見えたらしく、会う人々から「どこか具合が悪いの?」とよく聞かれました。でも実際には、これまで風邪やコロナ以外で病気になったことがありません。今回、生まれて初めて本当に病気らしい病気を体験した気がします。それでも、もうすぐ出版される翻訳書の校正が次々に届いて、ゆっくり休むことができませんでした。
 それにしても、やはり私たちの「前世は双子だった説」は正しいかもしれませんね。同じタイミングでこんなふうに体調を崩すなんて。まあ、双子でなくても、普段から働き詰めの理子さんと私が倒れるのも無理はないかも。今年は少しゆっくり働ける年になると良いのですが……。

 理子さんには双子の息子さんがいらっしゃいますよね。いつか話したことがあると思いますが、私の父も、私の弟たちも双子だったんです。父の双子の弟は五十代で亡くなり、父は八十三歳でこの世を去りました。そして、私の弟たちのうち一人は生後八ヶ月で病気で亡くなり、一人は小学六年生のときに事故で亡くなったのです。双子でも運命が違うのだなと思います。年子だったので、子どもだった私は弟を失う悲しみを深く感じることはありませんでしたが、長女、次女、三女、そして四女(私)を産んだ後、ようやく得た息子たちを亡くした母は、悲しみを一生背負い続けたのではないかと思います。六年生だった弟が亡くなってから、家族は誰も弟の名前を口にすることはありませんでした。

 私は母にインタビューをしたことがあります。「お母さんの話を私が本に書いてあげるから、話したいことを自由に話してみて」と声をかけて。それは、益田ミリさんの『永遠のおでかけ』という本を翻訳した際に得たヒントがきっかけでした。その本では、益田ミリさんが亡くなる前の父親にインタビューをする場面が描かれています。私もそれに倣い、娘と一緒に二十個ほどの質問を用意して、録音しながら同時に筆記を行いました。ただ、ひとつひとつの質問に対する母の回答があまりにも長く、娘と私はへとへとに疲れてしまった記憶があります。胸に秘めた波乱万丈の人生――どれほど話したいことが溢れていたのでしょうね。偶然にも、この記録を残した数ヶ月後、母は認知症とパーキンソン病を患い入院し、その後一年ほどで亡くなりました。そのインタビューのなかで、最後まで聞けなかったのが弟に関することです。それは、何十年もの時が過ぎても、触れることのできない悲しみの塊だったからです。

 理子さん、昔、韓国のテレビCMでこんなコピーが流行したことがあります。「やんちゃでもいい、たくましく育っておくれ」。まあ、やんちゃどころか親を悩ませる種をまき散らしてくれることも多いけれど、健康でいてくれるだけで御の字だと思います。そして、目の前にいてくれるだけでありがたいものですよね。そう思ったほうが、こっちのメンタルにも優しい気がします。

 

ソウルでのイベントにて(マイクを持った右の方がクォン・ナミさん)
ソウルでのイベントにて(マイクを持った右の方がクォン・ナミさん)

 いやいや、私は家族の話を聞かれても、全然抵抗なんてありません。 ただ、インタビューで「あなたにとって家族とは?」と聞かれたら、ちょっと困るかもしれません。そこで長々と家族のことを語るわけにもいかないし、何か美化して綺麗なことばかり言うしかないでしょう。

 家族とは、仲が良くても悪くても、どんな場合でも手放してはいけない存在だと思っていました。でも、母の葬儀を終えた後、私は家族の手を放してしまいました。家族だからといって、誰か一人が犠牲になり続けるのは、あまりにも理不尽です。彼らにとっては「優しくて従順だった末っ子の反乱」だったのかもしれません。
 
 そうですね、みんなが去っても、私たちには翻訳があります! わんちゃんは無条件に私たちを愛してくれるありがたい存在で、翻訳は私たちが無条件に愛せる存在だからこそ感謝しているのかもしれません。今年は年明けから、『椿ノ恋文』(小川糸)、『続 窓ぎわのトットちゃん』(黒柳徹子)、『大ピンチずかん』(鈴木のりたけ)、『おしごとそうだんセンター』(ヨシタケシンスケ)などの翻訳書が出版されます。そう、体調が悪い私を休ませてくれなかった本たち。でも、ご覧の通り、どれも面白くて心温まる本だったからこそ、翻訳をやり遂げることができたのだと思います。死にそうなほど辛いときに、もし殺伐とした内容や血が流れるような本だったら、もっと大変だったかもしれません。文学を翻訳していて本当に良かったです(笑)。

 年を取るとやめざるを得ない職業も多いですが、翻訳は年齢を重ねるほど評価されるので、本当にありがたい仕事だと思います。でも、次に生まれ変わるなら、経済的に裕福な家の専業主婦になりたいな。
 理子さん、今年もお忙しいですよね? 私も今年は何冊かの翻訳書に加え、春と秋にそれぞれエッセイを出版する予定で、とても忙しくなりそうです。連載したエッセイを本にするのではなく、完全に書き下ろしです。一冊は『東京ひと月暮らし』、もう一冊は『母、娘、私』というテーマで書きます。過去に出版したエッセイ集のなかで、母と娘に関するエピソードが特に人気があり、二年前にある出版社の代表から「ぜひこのテーマで一冊書いてください」と依頼を受けました。日本でも紹介されると嬉しいです。

 理子さんがTikTokで韓国のレストランをご覧になっているということは、いつか韓国を訪れるご予定があるということですよね! ぜひお越しください。ただ、暑い夏は避けてくださいね。日本語で会話できる(というか、私より上手い)娘と一緒に、おいしいご飯とお酒をご馳走します。

 もう送る前から、次のメールが届くのを楽しみにしています。

 ナミ

娘の靜河さんに作った「キャラ弁」。韓国語で「お母さんが最近キャラ弁(キャラクター弁当)にハマって、毎日こんな風にご飯を作ってくれる」と書かれている。
娘の靜河さんに作った「キャラ弁」。韓国語で「お母さんが最近キャラ弁(キャラクター弁当)にハマって、毎日こんな風にご飯を作ってくれる」と書かれている。

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*次回は3月11日(火)公開予定です。

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それぞれに個性的な母たちを活写する話題作!

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新刊紹介

クォン・ナミ(權南姬)

クォン・ナミ(權南姬)
1966年、大邱生まれ。韓国を代表する日本文芸の翻訳家でエッセイスト。主な訳書に、村上春樹『パン屋再襲撃』『村上ラヂオ』、小川糸『食堂かたつむり』『ツバキ文具店』、恩田陸『夜のピクニック』、群ようこ『かもめ食堂』、天童荒太『悼む人』、益田ミリ『僕の姉ちゃん』シリーズ、角田光代『紙の月』、三浦しをん『舟を編む』、東野圭吾『宿命』、ヨシタケシンスケ『メメンとモリ』、 鈴木のりたけ『大ピンチずかん1,、2』など翻訳歴約32年の間に300冊以上を担当。著書に、エッセイ『ひとりだから楽しい仕事』『翻訳に生きて死んで』(日本語版平凡社刊)、『面倒だけど、幸せになってみようか』『ある日、心の中にナムを植えた My Dog's Diary』『スターバックス日記』 などがある。

권남희
1966년, 대구 출생. 일본문학번역가, 에세이스트. 지은 책으로 『번역에 살고 죽고』 『귀찮지만 행복해볼까』『혼자여서 좋은 직업』『어느 날 마음속에 나무를 심었다』『스타벅스 일기』가 있으며, 옮긴 책으로 『빵가게재습격』『무라카미 라디오』『밤의 피크닉』『달팽이식당』『츠바키 문구점』『카모메식당』 『애도하는 사람』 『종이달』 『배를 엮다』 『누구』『라이온의 간식』 『숙명』 『무라카미 T』 『메멘토모리』 『위기탈출도감1,2』 외에 많은 작품이 있다.






村井理子

1970年、静岡県生まれ。翻訳家、エッセイスト。主な著書に『兄の終い』『全員悪人』『いらねえけどありがとう いつも何かに追われ、誰かのためにへとへとの私たちが救われる技術』『ハリー、大きな幸せ』『家族』『はやく一人になりたい!』『村井さんちの生活』 『村井さんちのぎゅうぎゅう焼き』『ブッシュ妄言録』『更年期障害だと思ってたら重病だった話』『本を読んだら散歩に行こう』『ふたご母戦記』『ある翻訳家の取り憑かれた日常』『義父母の介護』『エヴリシング・ワークス・アウト 訳して、書いて、楽しんで』など。主な訳書に『「ダメ女」たちの人生を変えた奇跡の料理教室』『黄金州の殺人鬼』『メイドの手帖』『エデュケーション』『捕食者 全米を震撼させた、待ち伏せする連続殺人鬼』『消えた冒険家』『ラストコールの殺人鬼』『射精責任』など。

무라이 리코
1970년, 시즈오카현 출생. 번역가, 에세이스트. 주요 저서로 『오빠가 죽었다』 『낯선 여자가 매일 집에 온다』 『필요 없지만 고마워: 항상 무언가에 쫓기고, 누군가를 위해 지쳐있는 우리를 구원하는 기술』 『하리, 커다란 행복』 『가족』 『빨리 혼자가 되고 싶어!』 『무라이 씨 집의 생활』 『무라이 씨 집의 꽉꽉 채운 오븐구이』 『부시 망언록』 『갱년기 장애인 줄 알았는데 중병이었던 이야기』 『책 읽고 나서 산책 가자』 『쌍둥이 엄마 분투기』 『어느 번역가의 홀린 듯한 일상』 『시부모 간병』 등이 있다. 주요 번역서로는 『요리가 자연스러워지는 쿠킹 클래스』 『어둠 속으로 사라진 골든 스테이트 킬러』 『메이드의 수첩』 『배움의 발견』 『포식자: 전 미국을 경악하게 한, 잠복하는 연쇄 살인마』 『사라진 모험가』 『라스트 콜의 살인마』 『사정 책임』 등이 있다.

X:@Riko_Murai
ブログ:https://rikomurai.com/

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