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酒井順子「言葉のあとさき」

「本当」の嘘っぽさ

 そのような問いを受けた時、以前は「私はまだ本当の○○を知らないのね」と、いちいち真に受けていた私。しかし大人になるにつれ、心の中で、
「知らんがな」
 と、つぶやくようになっていったのでした。本当の○○を「知らんがな」なのではなく、本当の○○を自分が知っているかどうかなど、「知らんがな」。別の言い方をするなら、
「ほっとけや」
 ということにもなりましょう。関西弁って、こういう時に便利ですが、しかしおそらく私は「本当の○○」など、なに一つ知らないのだと思います。
「本当の○○」と言われがちなものは皆、不定形極まりないものです。このダイヤモンドは本物か人造か、といった問題と違って、恋愛や苦労やセックスでの快楽が本物かどうかは、黒か白かで判定は不可能。
恋愛やら人生やらが「本当」か否かは、判定がつくものではありません。
「とりあえず自分のレベルだったらまぁ、この辺りで妥協しておいた方がいいだろう」
 という相手と付き合い、燃えるような恋愛感情はなかったけれど結婚して、二人の子供も育て上げて平穏無事に添い遂げました、というカップルは「本当の恋愛」をしたのか。そして「本当の幸福」を味わって、「本当の人生」を歩んだのか。それは本人達にもわからないし、ましてや他の人が判断すべきではないのでしょう。
 それが不定形であればあるほど、「本当の○○」という言い方が詩的に聞こえることは、事実です。歌の中で「本当の恋」「本当の自分」などと表現されると、まだ見ぬどこかに「本当」が待っていてくれるような気がして、特に若者などは夢が広がるのだと思う。
 しかし大人になってみると、それが本当かどうかを追求しないところに人生の味わいがあるようにも、思えてくるのでした。嘘が嘘だとわかりつつ「本当」だと思い込んでみたり、「本当」だと信じ込んでいたものが実は嘘だったり。必ず「本当」でなくてはいけないわけでもないのです。
「あなたは本当に『生きた』って言える?」
 などと誰かから問い詰められたら、
「さぁ?」
 と言うしかない私。本当と嘘の違いなど、実は大したことではないのかもしれない、と思います。

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酒井順子

さかい・じゅんこ●1966年東京生まれ。高校在学中から雑誌にコラムを発表。立教大学社会学部観光学科卒業後、広告会社勤務を経て執筆専業となる。
2004年『負け犬の遠吠え』で婦人公論文芸賞、講談社エッセイ賞をダブル受賞。
著書に『下に見る人』『ユーミンの罪』『地震と独身』『裏が、幸せ。』『子の無い人生』『百年の女「婦人公論」が見た大正、昭和、平成』『駄目な世代』『次の人、どうぞ!』『男尊女子』『家族終了』『ガラスの50代』『処女の道程』など多数。

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