よみタイ

加門七海「着物憑き」
あの世とこの世のあわい。
幼いころからそれを感じ取る加門氏は、
ここ数年で、着物を身にまとう機会が増えた。
それは「夢中」を通り越し、まるでなにかに
「取り憑かれた」かのように……。
着物をめぐる、怪しく不思議なエッセイ。

帷子かたびら(二)

 夏の着物は主に紗、絽、羅などの透ける物。一部の縮み、麻織物。それから浴衣ということになる。
 この時期、一番目にする和装は浴衣だろう。が、東京では五月の祭りのときから、浴衣が解禁になる。そのせいか、私はどうも浴衣を夏物とは限定し難い。
 実際、普通の綿の浴衣は他の夏着物より暑いのだ。ゆえに、昔の人は日の暮れた夕方以降に着たのではないかと、私は思う。
 浴衣に襟をつけて足袋を穿き、普通の着物として着る人も増えている。
 しかし、木綿の着物と浴衣では生地が違う。木綿着物は紬、浴衣は染めだ。だから、浴衣を着て木綿着物のふりをしても、少し詳しい人の前に出ればバレバレだ。
 ただ、このスタイル、以前から日舞関係の人はやっていた。
 夏のお温習さらい会などや盆踊りの屋台に立ってお手本を示すときなどに、足袋を穿いて襟をつけ、揃いの浴衣で出ていたのだ。
 それはそれで、なかなか格好いい。やってみたい気持ちにもなる。
 しかし敢えて私はやめて、と言おう。
 なぜなら襟をつけず、素足に下駄で浴衣を着る――この姿を美しく見せてほしいから。私自身がそういった素敵な浴衣姿を見たいからだ。
 美しく、あるいは格好良く浴衣を着るのは、実はかなり難易度が高いのだ。
 浴衣は、確かに簡単に着られる。しかしパーツが少ないほど、僅かな着こなしの差で姿が変わる。
 浴衣一枚と帯一本。それだけで勝負するのが浴衣だ。
 だから、私は初心者は浴衣からという文言には頷けない。縁日で、はしゃいだ子供が着崩れているのとは違うのだ。大人なら、そして着物好きなら、浴衣を浴衣として愛し、着こなしてほしいと考えている。
 ……つい熱くなってしまったのは、最近、振り向きたくなるような浴衣美人を見ないゆえだ。自分のことは棚上げするが、私の目の保養のためにも、皆さん、是非、頑張って下さい。

 さて。
 浴衣の語源は一説、湯帷子ゆかたびらにあるとされるが、夏着物にはそのものずばり、帷子と呼ばれる麻着物がある。
 歴史を言うなら、帷子は元来片枚かたひらと記し、裏のない着物全般を指す名称だった。それが江戸時代になると、絹物を単衣(または単)と称し、麻で仕立てたものを帷子と分けた。厳密に言えば、絹織物である生絹すずしもんしゃも帷子と呼ばれたらしいのだが、今は麻に話を絞ろう。
 私が初めて「帷子」と呼ばれる麻着物を見たのは、博物館の中だった。
 前回少し記したように、木綿が普及する以前、麻は庶民の日常着だった。ゆえに麻イコール普段着という認識しかなかったのだが、展示されていた着物は違った。
 上等な麻特有の張りを持つ生地に、小袖同様の贅を尽くした水辺の景色が表されている。
 瀟洒しょうしゃにしてこざっぱりと気持ちがいい。
 ひと目で身分の高い女性が着けていたものだとわかったが、それ以上に、その着物は美しかった。
 ――なんだ、これは。
 私は目を瞠った。そして「帷子」という名称そのものに戸惑った。
 実は、この出会い以前の私は「帷子」と言えば、鎖帷子か経帷子しか知らなかったのだ。
 鎖帷子と言えば、今の防弾チョッキに等しい鎧の一種。経帷子は死装束。展示ケースの向こうの着物は鎖帷子ではないゆえに、
(これ、死装束なの? 違うよね? それとも美麗な死装束なの?)
 今思えば、恥ずかしい混乱を来してしまったのだ。
 京都には帷子ノ辻(現町名は京都市右京区太秦うずまさ帷子ケ辻町)という場所がある。観光地ではないけれど、帷子ノ辻の由来は怪談に通じる。それを既に知っていたから、私は余計にわけがわからなくなってしまったのだ。
 ここで少し、帷子ノ辻にまつわる伝説について語ってみたい。
 伝説の主人公は、檀林皇后だんりんこうごう橘嘉智子。平安時代初期に在位した嵯峨天皇の皇后だ。
 諡号おくりごうの檀林皇后は、檀林寺を建立したことからつけられた。
 皇后は類い希なる美貌の持ち主で、一般人はもちろんのこと若い修行僧でさえ、心を動かされるほどだったという。
 仏教に深く帰依していた皇后は、日頃から己の周囲に漂うそんな煩悩を憂いていた。そして死に臨んで、自らの遺体は埋葬せずに路傍にうち捨てよと遺言したのだ。
 目的は己の遺体が腐乱して白骨化していく様子から、諸行無常を示して人々に菩提心を呼び起こすこと。
 皇后の遺言は守られて、亡骸は辻に放置された。
 白骨になるまでの、その過程は「檀林皇后九相図くそうず」として描かれ、今に伝わっている……。(つづく)

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加門七海

かもん・ななみ●東京都生まれ。多摩美術大学院修了。学芸員として美術館に勤務。1992年『人丸調伏令』で小説家デビュー。日本古来の呪術・風水・民俗学などに造詣が深く、小説やエッセイなどさまざまな分野で活躍している。ひとり百物語を特技とするほど、豊富な心霊体験を持つ。また、オカルト・ルポルタージュでも注目を集めている。著書にエッセイ『うわさの神仏』『うわさの人物』『猫怪々』『お祓い日和 その作法と実践』『鍛える聖地』『大江戸魔方陣』『もののけ物語』『たてもの怪談』、小説に『祝山』『目嚢』など多数。

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