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篠田節子「介護のうしろから『がん』が来た!」
認知症の母を介護しながら二十年。ようやく母が施設へ入所し、一息つけると思いきや――今度は自分が乳がんに!?
介護と執筆の合間に、治療法リサーチに病院選び……落ちこんでる暇なんてない!
直木賞作家・篠田節子が持ち前の観察眼と取材魂で綴る、闘病ドキュメント。

前回まではこちら→https://yomitai.jp/series/gangakita/

「病気なんだから、おまえが面倒みろや」とふんぞり返っている場合ではない

介護のうしろから「がん」が来た! 第16回

 手術から二日後、下半身のみ、シャワーが解禁になった。まだ患部をぬらせないので上は着たまま、ドレーンからしたたる血液混じりの体液を受けるポシェットを首からぶら下げ、パジャマの下とショーツを脱いで、トイレとカーテンで仕切られた狭いシャワーブースに入る。
 勢い良くザーッとできるわけでもなし、何だか面倒臭いなと思いつつ、ハンドシャワーで腰から下に温かいお湯をかけると、これが存外に気持ち良い。
 上半身については渡された蒸しタオルで自分で拭いたが、下半身だけとはいえ温かいシャワーを浴びると生き返ったような気分になる。
 
 洗髪や手術翌日に背中を拭くのは看護師さんにしていただいたが、手術前の胴部の洗浄も含め、患者が「自分ですること」は入院中は意外に多い。以前であれば看護師さんが、はるか昔は付き添いの人がやってくれたことだ。
 そしてこれは退院後の話になるが、傷を縫った部分の絆創膏の貼り替え(テーピング)についても自分で行う。中に入ったティッシュエキスパンダーによって皮膚が左右から引っ張られるので傷口を保護するための処置だ。テーピングといっても、長く切ったテープを傷口に沿って一本貼り付けるのではない。幅二センチくらいのテープを三センチほどの長さに切って、傷口の上に縦に隙間なく並べるように貼っていくのだ。
 形成外科のN先生は、おしゃべりしながらひょいひょいひょい、とやってしまうが、いざ鏡を見ながら自分で貼ろうとすると人の体は平面ではないのでけっこう難しい。

 傷口を外れてやり直したりしながら、コツを飲み込んでいく。以前であれば、こんな程度のことも通院で行っていたのだろうが、自分でできるならわざわざ遠くまで通わなくて済む。それ以上に自分の術後の傷口と胸全体を、怖がることなく自分のものとしてしっかり見て触ることは、心理的な効果も大きいのだろうと思う。何より、幼い頃から不器用で、母親や周囲の大人や、ときには友人達からまで何かと面倒を見られて生きてきた私にとって、この入院体験はこの先の心構えにおいてよい勉強になった。

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篠田節子

しのだ・せつこ●1955年東京都生まれ。作家。90年『絹の変容』で小説すばる新人賞を受賞しデビュー。
97年『ゴサインタン』で山本周五郎賞、『女たちのジハード』で直木賞、2009年『仮想儀礼』で柴田錬三郎賞、11年『スターバト・マーテル』で芸術選奨文部科学大臣賞、15年『インドクリスタル』で中央公論文芸賞を受賞。『聖域』『夏の災厄』『廃院のミカエル』『長女たち』など著書多数。最新刊は『鏡の背面』。
撮影:露木聡子

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