よみタイ

加門七海「着物憑き」
あの世とこの世のあわい。
幼いころからそれを感じ取る加門氏は、
ここ数年で、着物を身にまとう機会が増えた。
それは「夢中」を通り越し、まるでなにかに
「取り憑かれた」かのように……。
着物をめぐる、怪しく不思議なエッセイ。

東と西(二)

 いや、もう実際、東と西は国を分けてもいいのではないかと思うほどだ。
 文化全般色々あるが、和装に限って話をしよう。
 以前、足袋について記したとき、仕立てと好みの差を語ったが、 足袋の仕立てが異なれば、当然、履物も違ってくる。
 一番の差は鼻緒の長さだ。
 下駄でも草履でも、着物の履物は台から少し踵が出るのが良いとされている。
 私の感覚だと、例えば足の大きさが二十三センチなら、台の長さも二十三センチ。先端から三センチほど下がったところに鼻緒の前(前壺)が付くので、踵は二センチ程外に出る。
 これを尺貫法で言い直すなら、鼻緒の前壺は履物の先端から一寸下がったところに付くため、踵が六、七ほど出る、となる。
 履物の寸法で使うのは曲尺かねじゃくであり、一寸は約三・〇三センチメートル。
 曲尺は建具や家具を測るときに用いるものだ。それを履物に使うのは、下駄の素材が木だからなのか。理由はよくわからない。
  一方、着物の仕立てに用いられるのは鯨尺くじらじゃくだ。こちらの一寸は約三・七八八センチメートル。
 統一されないのは不便だが、もっと面倒臭くすると、足袋のサイズはもんで測る。一文は約二・四センチメートル。
 つまり、足のサイズが二十三センチの人ならば、足袋のサイズは九文七分。下駄や草履は七寸六分。それを着物の寸法に直すなら六寸ということになる。
 あまりにややこしいので、最近は着物も履物もメートル法を使うところが増えている。しかし、和服の世界では尺貫法はまだまだ現役だ。着物と長く付き合いたい人は覚えておいたほうがいいだろう。特に曲尺と鯨尺を間違えると悲惨なことになる。
 話を戻そう。
 履物は足のサイズ通りに作って、鼻緒をすげた分、踵が出るのが標準だ。
 現在はしかし、それだと落ち着かない人が多いため、踵と履物の台座の尻がぴったり合う――靴と似たような感覚を好む人が増えたと聞いた。
 台が大きくなれば、その分、履物は重くなる。下駄は靴よりはるかに軽いが、草履の場合、ものによってはかなり重い。足も痛くなるというものだ。
 けれども、台が小さいと踵が痛いという人もいる。
 小さな履物で軽敏に歩けるというのはつまり、重心が前に寄っていて、足の指でしっかりと鼻緒を掴めなくてはならない。
 もう少し詳しく言うならば、鼻緒は足指の間に奥まで差し込むものではない。奥まで入れて歩こうとすれば、当然、重みのすべてを親指と人差し指の二本で支えることになり、指は擦れて痛くなる。足の甲も擦れてくる。
 靴ずれの和装版、鼻緒ずれだ。
 そうならないためには足指を深く差し込まず、鼻緒を足先に引っ掛けて、指に力を入れて歩く。
 まあ、余計なお世話ではあるが、鼻緒が痛い、踵が痛いという人は、少し自分の体軸、体幹に気をつけてみるのも一案だ。
 私も以前はよく鼻緒ずれになったものだが、人から教わって意識的に歩くようになってから、足が痛くなることはなくなった。
 ……今回、どうも話が横道に逸れる。
 東西の履物の差異に話を戻すと、東京の人たちは標準よりも、多めに踵を出す傾向がある。そして関西では少なめだ。
 これは体軸の問題ではなく、美しいとされる歩き方が違うためだ。
 同じく足袋の章で記したが、関東人はせっかちなせいか、やや前のめりに歩いていく。西の人は踵を浮かせないようにして、ゆったり歩く。
 その差が履物の台のみならず、鼻緒の長さにも及んでいる。
 なるべく踵を浮かさずに、それでいて履物を引きずらないで歩くには、足が履物から離れないようにしなくてはならない。そのため、西のものは鼻緒を長くして、足の甲に渡している。
 よくわかるのが下駄の鼻緒だ。
 二枚歯の駒下駄を持っている方は、確認してみて頂きたい。関東仕立てなら、前の歯と後ろの歯の間に二つの穴がある。関西仕立てなら、踵寄りの歯の後ろで鼻緒を留めているだろう。
 もっとも、最近は台が大きくなっているため、東京の下駄でも鼻緒が後ろにつくことが多くなってきた。人の歩き方が変われば、差異もなくなっていくわけだ。

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加門七海

かもん・ななみ●東京都生まれ。多摩美術大学院修了。学芸員として美術館に勤務。1992年『人丸調伏令』で小説家デビュー。日本古来の呪術・風水・民俗学などに造詣が深く、小説やエッセイなどさまざまな分野で活躍している。ひとり百物語を特技とするほど、豊富な心霊体験を持つ。また、オカルト・ルポルタージュでも注目を集めている。著書にエッセイ『うわさの神仏』『うわさの人物』『猫怪々』『お祓い日和 その作法と実践』『鍛える聖地』『大江戸魔方陣』『もののけ物語』『たてもの怪談』、小説に『祝山』『目嚢』など多数。

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