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新作『すずめの戸締まり』まで連なる、新海誠作品における「孤児」たちの系譜――なぜ、誰かを「ケアする」人物を描くのか

男子高校生がケアを担う『言の葉の庭』

『言の葉の庭』では、家を空けている母親や外で仕事をしている兄に代わって、主人公の男子高校生孝雄が食事作りをはじめとする家事を引き受けている【図4】。

【図4】『言の葉の庭』新海誠監督 2013年
【図4】『言の葉の庭』新海誠監督 2013年

 孝雄は雨の日の新宿御苑で知り合った年上の女性雪野ゆきのと懇意になり、やがて彼女に食べてもらうための弁当(サンドイッチなど)を作るようになる【図5】。

【図5】『言の葉の庭』新海誠監督 2013年
【図5】『言の葉の庭』新海誠監督 2013年

 雪野の正体は実は孝雄が通う高校の古典の教師であり、生徒からのイジメが原因で教師を辞めようとしていたことがのちに明かされる。雪野はストレスから味覚障害を患っており、アルコールとチョコレートの味しかわからなくなっていたが、孝雄の料理を食べるうちに徐々に回復していき、自分で弁当を作るまでになった。

 また、靴職人を目指している孝雄は、「うまく歩けなくなっちゃった」と言う雪野のために、「あの人がたくさん歩きたくなるような靴を作ろう」と決意する。孝雄の存在は雪野にとって救いであり、同様に、雪野の存在は孝雄にとって救いになっていた。

 エンディングのあとには「歩く練習をしていたのは、きっと俺も同じだと、今は思う。いつかもっと、もっと遠くまで歩けるようになったら、会いにいこう」という孝雄のモノローグが流れ、それに重ねられるようにして、引っ越した先の田舎で教師を続けている雪野の姿が映し出される。雪野をケアする過程で孝雄もまた癒され、それぞれに前を向いて歩き始めることができたのである。

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伊藤弘了

いとう・ひろのり 映画研究者=批評家。熊本大学大学院人文社会科学研究部准教授。1988年、愛知県豊橋市生まれ。慶應義塾大学法学部法律学科卒。京都大大学院人間・環境学研究科博士後期課程研究指導認定退学。著書に『仕事と人生に効く教養としての映画』(PHP研究所)がある。

Twitter @hitoh21

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