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『人のセックスを笑うな』を早送り視聴してはいけない理由とは?――「四角」関係を「視覚」化する映画の魔法

映画を観た感想を、どう表現すればいいのか迷ってしまうことはありませんか?
ストーリーを追うだけでなく、その細部に注目すると、意外な仕掛けやメッセージが読み取れたり、作品にこめられたメッセージを受け取ることもできるのです。
せっかく観るなら、おもしろかった!のその先へ――
『仕事と人生に効く 教養としての映画』の著者・映画研究者の伊藤弘了さんによる、映画の見方がわかる連載エッセイ。

前回は、新作『すずめの戸締まり』が公開中の新海誠監督の作品に通底する「孤独とケア」について考察しました。
今回は、恋愛映画で登場人物たちの関係がどのように視覚で表現されているかについて読み解いていきます。
イラスト:高橋将貴
イラスト:高橋将貴

「結婚してるって聞いたんですけど」
「そうよ」
「みるめ君とは遊びですか?」
「遊び? うーん、付き合っちゃダメかな?」
「ダメです」
「そっか……だって触ってみたかったんだもん」

 彼女はそう言ってイタズラっぽく笑った……かどうかは、実は顔が見えていないので定かではない。だが、思わずそう書きたくなってしまうほど、彼女の声の調子は明るい。
 ユリ(永作博美)は39歳の人妻だ。美術学校の講師をしていて、教え子のみるめ(松山ケンイチ)と関係を持っている。二人の年齢は20歳離れている。

 みるめのことが好きなえんちゃん(蒼井優)は、「だもん、って……」と言って呆れた表情を浮かべる。えんちゃんはみるめと同じ美術学校の学生で、この二人にはやはり同じ学校に通っている堂本(忍成修吾)という共通の友人がいる。そして堂本はえんちゃんに想いを寄せている。

 映画『人のセックスを笑うな』(井口奈己監督、2008年)は、この入り組んだ「四角」関係を見事な「視覚」関係に落とし込んでいる。

最初のツー・ショット

『人のセックスを笑うな』は山崎ナオコーラの同名の小説を映画化したものである。主要な登場人物や年齢差のある男女の恋愛といったテーマは共通しているが、映画版には大幅な脚色が施されている。文字で表現された文学の世界を映像に変換するにあたって、そのポテンシャルを最大限に引き出そうとしていることがうかがえる。

 映画の冒頭にはすでに原作小説とのわかりやすい違いが描かれている。小説はユリとみるめが出会っている状態から話が始まるが、映画は出会いのシーンを冒頭に置いている。

 終電を逃してヒッチハイクを試みているユリは、みるめ、えんちゃん、堂本が乗っているトラックに拾われる。トラックの狭い車内に並んで座っている仲良し三人組の関係性は、そこにユリが加わることで、変化を余儀なくされることになる【図1】。

【図1】
【図1】

 車内にはもうスペースがないため、ユリは荷台に乗り込む。彼女を手助けするために、みるめも荷台に移り、この映画で最初のツー・ショットが完成する【図2】。このツー・ショットは、三人組がバラけて二人組に変わる瞬間を視覚的に表現すると同時に、ユリとみるめの今後の関係を暗示するものである。

【図2】
【図2】
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新刊紹介

伊藤弘了

いとう・ひろのり 映画研究者=批評家。熊本大学大学院人文社会科学研究部准教授。1988年、愛知県豊橋市生まれ。慶應義塾大学法学部法律学科卒。京都大大学院人間・環境学研究科博士後期課程研究指導認定退学。著書に『仕事と人生に効く教養としての映画』(PHP研究所)がある。

Twitter @hitoh21

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