2022.8.10
庵野秀明・実写映画初監督作『ラブ&ポップ』から読み解く、「名前」に託されたもの
ストーリーを追うだけでなく、その細部に注目すると、意外な仕掛けやメッセージが読み取れたり、作品にこめられたメッセージを受け取ることもできるのです。
せっかく観るなら、おもしろかった!のその先へ――。
『仕事と人生に効く 教養としての映画』の著者・映画研究者の伊藤弘了さんによる、映画の見方がわかる連載エッセイ。
今回は、庵野秀明監督の実写映画デビュー作『ラブ&ポップ』(1998年)を取り上げます。
世紀末に誕生した『新世紀エヴァンゲリオン』
僕が小学校に入学した1995年は不穏な世紀末の訪れを象徴するかのような年だった。1月に阪神・淡路大震災が発生し、3月にはオウム真理教による地下鉄サリン事件が発生した。未曾有の天災と、日本の犯罪史上に残る凶悪事件が立て続けに起こったのである。
何が起こっているのか正確なところはわかっていなかったが(誰もがそうだったかもしれないが)、「何かとんでもないことが起こっている」ということは感じていたように思う。母親によれば、当時の僕は震災や事件の報道に接して、ひどくおびえていたということだ。それは六歳の子どもにとって、世界がひっくり返るような恐怖だったのかもしれない。
庵野秀明が監督を務めた『新世紀エヴァンゲリオン』のテレビ放送が始まったのは同じ年の10月である。いまの視点で見返してみればこそ、ざわついたあの時代の雰囲気を色濃く反映していると思うが、実を言えば、僕はリアルタイムでエヴァを見ていたわけではない(どのみち小学一年の僕には理解できなかっただろう)。
確か小学校低学年か中学年の頃だったと思うが、アニメショップでエヴァ関連のイラストを目にした際の「居心地の悪さ」はよく覚えている。どこでそのような感覚を学んだのかわからないが、僕は子どもが見ていいアニメと、そうではないアニメがあるように感じており、エヴァを後者に分類していたのである。まだ「オタク」に対する世間の風当たりがかなり強かった時代のことだ(とりわけ僕が住んでいたような地方都市はなおさらそうだったと思う)。
当時見ていたアニメではっきり覚えているのは翌1996年1月に放送が始まった『名探偵コナン』や、さらにその翌年に放送が開始された『金田一少年の事件簿』である。特にコナンは、「百年ぶりの世紀末」という歌い出しの初代オープニングの印象が強く残っている(THE HIGH-LOWSの「胸がドキドキ」)。特に「世紀末」という言葉には強く惹かれるものがあった。
「新世紀」をタイトルに冠したエヴァは、むしろ世紀末の退廃的な雰囲気を体現していたように思う(これもいま思えばの話だが)。そのアニメの完結編が四半世紀を閲した2021年に映画として公開され、100億円を超える興行収入を上げるなどとは、当時の誰も、想像さえしていなかっただろう。
映画の興行収入100億円というのは、かなりとんでもない数字である。2021年のぶっちぎりの年間ベストの成績であるというだけなく、このラインを超えた日本映画は現在までに13本しか存在しない。時代や作品規模にもよるが、映画の興行収入は10億円を超えたら「ヒット」の世界である。30億円を超えたら文句なしの大ヒットだ。100億円超えとなると、数年に一本あればいい方である(その点で、400億円超えの『劇場版「鬼滅の刃」無限列車編』[歴代1位]や300億円超えの『千と千尋の神隠し』[歴代2位]は怪物級)。
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