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女風ユーザーが風俗嬢に転身……その意外すぎる理由とは?

離婚も覚悟の上での女風利用

 今も家族に内緒で、月1ペースで女風通いは続けている。
 当初はぶっ飛ぶようなSMプレイに没頭したり、快楽に溺れる刹那的な使い方から始まった。しかしその形は、徐々に変わってきている。今では、セラピストと渓谷をドライブしたり、観光地を巡ったりといった、穏やかな時間を過ごす方にシフトしてきたのだ。セラピストたちは愛菜さんよりも、一回りほど年下だ。そんな若いセラピストたちは可愛いし、彼らの笑顔が何よりも嬉しい。だから彼らが喜ぶところに一緒に行って遊びたい。誰かの幸せが、自分の幸せ――。それは風俗に勤めていたときの、温かな感情と全く同じものだ。人の優しさに包まれているのが愛菜さんにとって至福の時だ。だからこそ性感はなくとも女風の利用は続けていくつもりだと笑顔で語ってくれた。万が一家族に利用がバレて、離婚したいと言われたとしても、それを受け入れるのも覚悟の上だという。
 時刻は16時――、愛菜さんが家に帰る時刻が近づいている。大家族の地方の夕食の時間は早いのだ。
 このことを喋ると、今でも泣きたくなるんですけど――、お別れの時間を目前にして画面の向こうの愛菜さんは、しっかりと私の目を見据えて言った。

「たまに三世代同居の前のことを思い出すんですよ。夫と子どもと家族3人で暮らしていた時は、本当に楽しかったなって。そのときは外に目が行くことは全くなかったんですよね。あの頃は、自分自身がすごく満たされていたんだろうなって思うんですよ。だけど、その苦しみもいつしか、諦めに変わったんですよね。こんな生活はもう変わらないだろうって――

 と、そこで愛菜さんは次の言葉をのみ込んだ。
 もうお別れの時間だった。私たちはそれぞれの画面越しに手を振って別れた。パソコンの画面が消えると、私は息をつきながら、愛菜さんがのみ込んだ言葉を想像した。愛菜さんは、私にこう言いたかったのではないだろうか。
「だから私は、この場所で前を向いていく」と。
 
 それは愛菜さんが自らに課した、揺るがない決意に思えた。正直に言うと、私は愛菜さんの家族に対してもやもやとした思いを抱いている。だからといって、向こうから離婚を突きつけられない限り、愛菜さん自身がこの生活を大きく変えることは望まない気持ちもまた理解できる。
 愛菜さんは今頃、夫と子どもと義理の両親が待つ大きな家に、車を走らせているはずだ。そこには義母の作った食事が待っている。三世代でワイワイと食卓を囲み、一見にこやかな家族の団欒が広がっているだろう。しかし私はそこに日々癒えない孤独を背負って奮闘する、一人の女性のたくましさを見る。
 
 夕暮れが近づき、夜がやって来る。思えば、時間とは不可逆的で無慈悲なものだ。砂時計は、ひっくり返せば再び砂が戻ってくれる。けれども、私たちの時間は一方通行で、けっして元には戻らない。愛菜さんが言うように、「この生活は、もう変わらない」のだ。
 そうであれば、その場に留まりながら、日曜大工のように自分の人生をちょっと改造してみたり、色を塗り替えたりしてみて、生きる糧を探し求めるのも、サバイブしていく手段の一つなのかもしれない。それが愛菜さんにとっては、女性用風俗だったのだ。
 愛菜さんのように家庭での苦しみや体のコンプレックスを抱えた女性が、女風で心身ともに回復を遂げる姿は、これまでの連載でも紹介してきた通り、実はよくある話でもある。しかし、愛菜さんが他の女性と違うのは、今度は自らがそれを与える側にも回ったことだ。私はそこに、絶望から運命を反転させることができた者に特有の、底知れぬ人生の豊かさを見るのだった。

次回は2/19(日)公開予定です。

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菅野久美子

かんの・くみこ
ノンフィクション作家。1982年生まれ。
著書に『家族遺棄社会 孤立、無縁、放置の果てに。』(角川新書)、『超孤独死社会 特殊清掃の現場をたどる』(毎日新聞出版)、『孤独死大国 予備軍1000万人時代のリアル』(双葉社)、『ルポ 女性用風俗』(ちくま新書)などがある。また社会問題や女性の性、生きづらさに関する記事を各種web媒体で多数執筆している。

Twitter @ujimushipro

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