よみタイ

死にたい気持ちを思いとどまらせた「セラピストとの約束」

寄りかかれる「誰か」でいてもらうこと

 私はそんな里美さんの告白に黙って耳を澄ませていた。とても深刻な話なのに、里美さんのパジャマを着たままプールにダイブというプランを聞いて、思わず噴き出してしまった。目の前の里美さんもそんな私の反応がおかしかったのか、ケタケタと笑っている。
 止まる場所がないまま羽を動かし続ける鳥は、いつかは息切れして墜落する。だからこそ、私たちはときに寄りかかれる「誰か」を求める。そんな「誰か」とのささやかな未来を思い描くことが、実は人々が日々生きている意味だったりもする。

「だから私の命を繋いでくれたセラピストさんにはすごく感謝してるんです。良いお客さんが付いてくれると私もすごく嬉しいんですよ。他のお客さんに嫉妬なんて感情はないですね。彼が大将で私が背中を守るから、前だけ見て戦ってねと思っています。とはいっても私自身、足場はそんなに固まっていないんですけどね」

 そういって、里美さんははにかむ。「一風」変わった里美さんの物語も、終わりが近づいてきたようだ。
 どうやら今日は一日中、雨は止まないらしい。私たちは傘を差し、夕闇が迫る喫茶店を後にした。駅に向かう帰りの道すがら、里美さんは印象的な話をしてくれた。

「セラピストさんとはお互いが歳を取っても長年、茶飲み友達として笑い合えたらいいねってよく話すんです。私たち、おじいちゃんおばあちゃんにもなってもお互い元気で、ピンピンコロリ仲間でいようねって。このまったり感は還暦夫婦みたいだから、すぐ棺桶に直行レベルだねってよく冗談を言い合ってます」

 里美さんはそう語ると声を出して笑った。里美さんの生き生きとした表情を見ていると、私まで、どこか心が浄化される気がした。
 里美さんが女風で欲しかったのは、めくるめく快感を与えてくれる相手でもなく、ハッと胸がときめくようなイケメンでもなかった。
 辛いときも楽しいときも寄り添ってくれて、くだらないことで笑い合い、自分の人生を見守ってくれる「あったかい」存在である。里美さんはそんなかけがえのない「絆」を築ける相手を奇しくも女風で見つけた。
 もしかしたら、それこそが現代人が最も欲してやまない関係性なのではないだろうか。ザアザアと降りしきる雨の中、小さくなる里美さんの後姿を見送りながら、ふとそんなことが頭をかすめた。

次回は6/19(日)公開予定です。
前編「ブラック企業の人間関係に疲れ果て……40代女性が女性用風俗に縋った切実な理由」はこちら

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菅野久美子

かんの・くみこ
ノンフィクション作家。1982年生まれ。
著書に『家族遺棄社会 孤立、無縁、放置の果てに。』(角川新書)、『超孤独死社会 特殊清掃の現場をたどる』(毎日新聞出版)、『孤独死大国 予備軍1000万人時代のリアル』(双葉社)、『ルポ 女性用風俗』(ちくま新書)などがある。また社会問題や女性の性、生きづらさに関する記事を各種web媒体で多数執筆している。

X:@ujimushipro

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