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絶対に仕事を諦めちゃだめよ、それも男なんかのために! 第11回 母たちが通り過ぎた二度の転機

今は亡き実家の母、認知症が進行し要介護となった姑。
母親であること、妻であること、そして女性として生きていくということ。
『兄の終い』『全員悪人』『家族』がロングセラー、『本を読んだら散歩に行こう』も好評の村井理子さんが、実母と義母、ふたりの女性の人生を綴ります。

亡くなった実母に、同じ母として向き合ってみると

 最近になって、生前の実母が考えていたはずのことが、ほとんどすべて理解できるようになってきた。特に、自分の子どもたちが高校生になり、それまで自分なりに思い描いていた子育てとは、なんだか少し違うぞ? と気づき始めたあたりから、もしかしたら母も同じような状況に当時陥っており、「これはどうしたものか?」と一人悩み、動揺し、そして解決策を見つけようともがいていたのかもしれないと思うようになった。もがいていたのかもしれないじゃなくて、確実にそうだと思う。悩んでいたと思う。そして、精神を限界まですり減らしていたのではないかと思う。……今の私のように(つらい)。
 仕事を終えてベッドに入り、何十年も前の非常に細かいあれやこれやを思い出しては、母の立場を自分に置き換え、そのときの母の感情を推し量るという陰気なゲーム(?)をやっているのだが、それをすればするほど、母の極限の状況が理解できるようになってきた。今までの私は、娘という立場で母の苦悩を勝手に分析し(母親だから当然じゃん)、頼まれてもいないのに意見していただけだった(そんなの止めればそれでいいじゃん、なんでわからないの?)。猛烈に反省したい。

 しかし、同じ母としての立場で、すでに亡くなってしまった実母に向き合ってみると、わかることは山ほどある。今までの私は「わかったようでわかっていない、それなのに偉そうに意見だけは言いまくる厄介な娘」状態になっていただけ。そういう娘が一番腹が立つキャラクターとしてドラマのスパイス的に描かれるだろうが、私は間違いなくそれだった。でも、今からはそのキャラは封印して、実母の心情を推し量りながら、これからの自分の身の振り方を考えてみようと思うのだ。
 母の当時の思考と自分の思考がバチッと組み合わさったような感覚があれば、きっと彼女だったらこう動くだろうと予測することができる。その時、私も同じようにしよう、あるいは別の道を行こうと決断することができる。私の今現在の育児はこのようなエクササイズの繰り返しになっている。
 ベッドに寝てから悶々と考えるので、眠ることができなくなることもあるし、「これはもうすべて忘れ去ってしまおう」と、記憶の強制終了をすることもある。とにかく、こんなゲームをしていくうちに、母の人生をより深く理解し、そして彼女には二度の転機があったのではと思うようになった。これは私の勝手な分析だが、意地悪な目線ではないので許して頂きたい。
 その二度の転機で、彼女が勇気を出して舵を切っていたら、母の人生は全く別の方向に進み出していたのかもしれないと思う。自分が彼女の足枷になっていた可能性が高いことを理解しつつ、なんだか偉そうに分析しているのだが、とにかく私の考えを書いていこう。

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村井理子

翻訳家、エッセイスト。1970年静岡県生まれ。琵琶湖畔に、夫、双子の息子、ラブラドール・レトリーバーのハリーとともに暮らしながら、雑誌、ウェブ、新聞などに寄稿。主な著書に『兄の終い』『全員悪人』『いらねえけどありがとう いつも何かに追われ、誰かのためにへとへとの私たちが救われる技術』(CCCメディアハウス)、『犬ニモマケズ』『犬(きみ)がいるから』『ハリー、大きな幸せ』『家族』『はやく一人になりたい!』(亜紀書房)、『村井さんちの生活』(新潮社)、 『村井さんちのぎゅうぎゅう焼き』(KADOKAWA)、『ブッシュ妄言録』(二見書房)、『更年期障害だと思ってたら重病だった話』(中央公論新社)、『本を読んだら散歩に行こう』(集英社)、『ふたご母戦記』(朝日新聞出版)など。主な訳書に『サカナ・レッスン』『ダメ女たちの人生を変えた奇跡の料理教室』『ゼロからトースターを作ってみた結果』『人間をお休みしてヤギになってみた結果』『黄金州の殺人鬼』『メイドの手帖 最低賃金でトイレを掃除し「書くこと」で自らを救ったシングルマザーの物語』『エデュケーション 大学は私の人生を変えた』『捕食者 全米を震撼させた、待ち伏せする連続殺人鬼』『消えた冒険家』など。



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