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村井理子「実母と義母」

女は旦那に命がけで尽くすもの 第3回 義父母の病と母の最後の恋

みんな嫁を連れてくるのに

イラストレーション:樋口たつ乃
イラストレーション:樋口たつ乃

 私と夫が結婚後に最初に住んだのは、京都府長岡京市の勤めていた会社近くの借家だった。古くてボロボロの家だったけれど、何より、自由があった。犬との気ままな暮らしで、週末になれば買い物に出かけて食材や酒を買い込み、友人を呼んで映画を観たりした。夫の実家は遠く、車でも電車でも一時間以上かかる距離だ。この当時でも、週末になると義父と義母からの電話はひっきりなしにかかってきていた。それも毎週、こちらがうんざりするほど何度もかかってくる。用事は、実家に戻ってこいというものだ。ある程度あっさりした家庭環境で育った私にとって、義父母のこの強いこだわりは不気味だった。どう記憶を辿っても、私は実の親から「実家に戻れ」と、そこまで頻繁に電話で言われたことなどないのだ。
 私は夫に何度も「異常だよ」と訴えた。すると夫は「まあ、年寄りが言うんだから、たまには戻ってやればいいじゃん」と答えた。確かにそうかもしれないと思い、夫の実家に戻るのだが、そのたびに私には面倒なことばかりが起きた。まず、習い事への勧誘だ。義母は、結婚後も十年程度は習い事の教室を継いでほしいと私に言い続けた。「継いでほしい」というよりは、「あなたが継ぐのは当然」という言い方だった。頑固な私は、一度として「継ぎます」とは言わなかった。それでも義母は、夕食の席では、習い事の教室での出来事や、家元のこと、社中のことを延々と、数時間も話し続けた。私は少しの手伝いはしても、積極的に義母の仲間の輪に入ることはなかった。「みんな嫁を連れてくるのに」と義母は口癖のように言った。
 週末に夫の実家に戻れば、当然、夕食の料理をするのは私になる。キッチンを借りて何品か作るものの、夫と義父が席に着いても、義母は一向に自室から出てこない。夫が怒って、義母を呼びに行くと、嫌々、部屋から出てくる。そして座るやいなや、大好きな日本酒を呑み始める。日本酒を飲むとあまりくせのよろしくない義母は、そこから再びエスカレートである。子どもの頃から酔っ払いになれていた私も、さすがに辟易としていた。彼女が酔ったとき繰り返すのは「女は旦那に命がけで尽くすもの」という言葉だった。

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村井理子

翻訳家、エッセイスト。1970年静岡県生まれ。琵琶湖畔に、夫、双子の息子、ラブラドール・レトリーバーのハリーとともに暮らしながら、雑誌、ウェブ、新聞などに寄稿。主な連載に「村井さんちの生活」(新潮社「Webでも考える人」)、「犬(きみ)がいるから」(亜紀書房「あき地」)。主な著書に『兄の終い』『全員悪人』(CCCメディアハウス)、『犬ニモマケズ』『犬(きみ)がいるから』『ハリー、大きな幸せ』『家族』(亜紀書房)、『村井さんちの生活』(新潮社)、 『村井さんちのぎゅうぎゅう焼き』(KADOKAWA)、『ブッシュ妄言録』(二見書房)、『更年期障害だと思ってたら重病だった話』(中央公論新社)など。主な訳書に『サカナ・レッスン』『ダメ女たちの人生を変えた奇跡の料理教室』『ゼロからトースターを作ってみた結果』『人間をお休みしてヤギになってみた結果』『黄金州の殺人鬼』『メイドの手帖 最低賃金でトイレを掃除し「書くこと」で自らを救ったシングルマザーの物語』『エデュケーション 大学は私の人生を変えた』『捕食者 全米を震撼させた、待ち伏せする連続殺人鬼』など。
『エデュケーション 大学は私の人生を変えた』が、9月に文庫化予定!

ツイッター:@Riko_Murai
ブログ:https://rikomurai.com/

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