よみタイ

タイ料理が切り拓いた、和・洋・中以外の「第4の選択肢」

タイ料理とベトナム料理の違い

 タイ料理に続くように、お隣の国であるベトナム料理もちょっとしたブームになりました。ベトナム料理とタイ料理の違いを、あえて乱暴に説明すれば、それは「ベトナム料理の方が上品、、」ということではないかと密かに思っています。乱暴すぎて怒られることは覚悟の上で言ってるので最初に謝っておきます。『ごめんなさい』。
 タイ料理は、甘さ・しょっぱさ・酸っぱさ・辛味・うま味・香り、といった味覚の各要素が、全方位的にフルカウントしている料理です。そしてそれらが緊張感の中で見事にバランスしているのがその妙味。極めてインパクトの強い料理体系です。ベトナム料理はそれに比べて、香り以外の各要素がだいぶおとなしめです。それもあって、ベトナム料理にはタイ料理よりヘルシーなイメージがあります。
 エスニックブームは、その黎明期において女性誌『Hanako』が大きな役割を果たしたことからもわかるように、女性層こそがその立役者でした。低カロリーでヘルシーな麺料理「フォー」をキラーアイテムとした「上品」で「おしゃれ」なベトナム料理は、タイ料理と並ぶエスニック料理として、女性を中心に大きな支持を集めました。
 ここに来て「エスニック料理」は、タイ料理という「点」から、東南アジア料理という「面」になったのではないかと思います。更に当時の海外旅行ブームは、アジアンリゾートの代表とも言えるバリ島を擁するインドネシアや、更にシンガポールや台湾なども含めた広いエリアで、それまで未知だった食文化にスポットライトが当てられる現象を導きました。
「和・洋・中」という昔ながらの3軸が、「和・洋・中・エスニック」という4軸に進化したのが、この時代だったのでしょう。パクチーも魚醤も唐辛子も長粒米も、決してタイ料理のみに固有なものではなく世界の広い地域で愛されている普遍的な美味であることも、日本人はこの時代に少しずつ理解していったはずです。そしてもちろん僕自身も、その中のひとりでした。

 そんなムーブメントにおいて常にその中心にあったタイ料理は、その後も幾度となく、ちょっとしたブームを呼び続けています。パクチーブーム、カオマンガイブーム、ガパオライスブームなどがそれ。ゼロ年代以降は世の中にすっかり定着し、もはや当たり前すぎて特に騒がれることもなくなったかのようにも見えるタイ料理ですが、そうやって思い出したように注目を集め、その度に着実に新たなファンを増やしています。
 少し個人的な話をすると、この10余年にわたってインド料理に携わってきた僕にとって、それはとても羨ましい現象。インド料理にとってタイ料理は、常に朋友でありつつも、ライバル、いや、絶対に超えられないエスニック料理界の絶対王者でもありました。しかしそれはまた別の物語。いつかまたお話ししましょう。

イラスト:森優
イラスト:森優

次回は3月10日(金)公開予定です。

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新刊紹介

稲田俊輔

イナダシュンスケ
料理人・飲食店プロデューサー。鹿児島県生まれ。京都大学卒業後、飲料メーカー勤務を経て円相フードサービスの設立に参加。
和食、ビストロ、インド料理など、幅広いジャンルの飲食店25店舗(海外はベトナムにも出店)の展開に尽力する。
2011年には、東京駅八重洲地下街にカウンター席主体の南インド料理店「エリックサウス」を開店。
Twitter @inadashunsukeなどで情報を発信し、「サイゼリヤ100%☆活用術」なども話題に。
著書に『おいしいもので できている』(リトルモア)、『人気飲食チェーンの本当のスゴさがわかる本』『飲食店の本当にスゴい人々』(扶桑社新書)、『南インド料理店総料理長が教える だいたい15分!本格インドカレー』『だいたい1ステップか2ステップ!なのに本格インドカレー』(柴田書店)、『チキンカレーultimate21+の攻略法』(講談社)、『カレー、スープ、煮込み。うまさ格上げ おうちごはん革命 スパイス&ハーブだけで、プロの味に大変身!』(アスコム)、『キッチンが呼んでる!』(小学館)など。近著に『ミニマル料理』(柴田書店)、『個性を極めて使いこなす スパイス完全ガイド』(西東社)、『インドカレーのきほん、完全レシピ』(世界文化社)、『食いしん坊のお悩み相談』(リトルモア)。

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