2023.1.13
バブル末期の名古屋で起こった、フレンチレストラン最悪の思い出
「現地風の店」が出店すると、なぜこれほど日本人は喜ぶのか。
日本人が「異国の味」に求めているものはなんなのか。
博覧強記の料理人が、日本人の「舌」を形成する食文化に迫るエッセイ。
前回から一転、今回は「フランス料理」のネガティブな側面、そう、「敷居の高さ」をめぐるエピソードです。
フランス料理を嫌いになる理由、好きになる理由
30年前の新卒新入社員時代、僕は大阪のとあるフレンチレストランでフランス料理に開眼しました。そこにはそれまで知り得なかったエキサイティングなおいしさがあっただけではなく、プロフェッショナルな接客でその世界に導いてくれる卓越した(そして優しさの塊のような!)サービスがありました。一万円で少しお釣りがくる程度の価格は、店格や料理の内容に対しては破格とはいえ、ペーペーの若造にとってはそう気軽なものではなかったのですが、それでも機会を見つけては何度も訪れました。
しかし残念なことに、一年もたたないうちに転勤の辞令が出ました。次の勤務地は名古屋です。
しばらくの間は新しい職場に慣れるのに必死でしたが、少し余裕が出てくると、思い出すのはあの大阪のフレンチレストランです。ああいう店が、探せばこの地にもきっとあるはずだ、と考えました。それを探し当てねば、と思い立ったのです。
僕が勤めていたのは食品を扱う会社だったので、先輩たちは「名古屋のおいしい店」になかなか詳しかったのですが、残念ながらフレンチは彼らの守備範囲外でした。そうなると、もう自力で探すしかありません。
当時はまだネットもそう普及しておらず、グルメ系レビューサイトのようなものはまだありませんでした。雑誌などのわずかな情報を頼りに、半ば当てずっぽうで探すしかありません。僕はとりあえず、そこそこいいホテルの中に入っているメインダイニングのフランス料理店に目星を付けました。
結論だけ言えば、その選択は大失敗でした。何がって接客がです。40代くらいの黒縁メガネをかけた男性のサービスマン氏は、大袈裟でなく、
「うっかり紛れ込んできてしまった場違いな若造を思いっきり馬鹿にしてやろう」
という悪意すらあったのではないか、としか思えない態度だったのです。
注文の時に、長い料理名を読み上げていると、途中でプッと吹き出しながらそれを遮り、「仔羊のロティですね」と言いながら注文票にそれを書きつけました。
ホワイトアスパラガスの料理を選んだら、「生のホワイトアスパラ食べたことあります?」と、訝しげに尋ねられました。
追加でフォアグラ(もちろん最高額メニューのひとつです)を薦めてきて、断ると光の速さで回れ右をして、そのまま無言で去っていきました。