よみタイ

バブル末期の名古屋で起こった、フレンチレストラン最悪の思い出

日本ほど「外国料理」をありがたがる国はない…!
「現地風の店」が出店すると、なぜこれほど日本人は喜ぶのか。
日本人が「異国の味」に求めているものはなんなのか。
博覧強記の料理人が、日本人の「舌」を形成する食文化に迫るエッセイ。

前回から一転、今回は「フランス料理」のネガティブな側面、そう、「敷居の高さ」をめぐるエピソードです。

フランス料理を嫌いになる理由、好きになる理由

 30年前の新卒新入社員時代、僕は大阪のとあるフレンチレストランでフランス料理に開眼しました。そこにはそれまで知り得なかったエキサイティングなおいしさがあっただけではなく、プロフェッショナルな接客でその世界に導いてくれる卓越した(そして優しさの塊のような!)サービスがありました。一万円で少しお釣りがくる程度の価格は、店格や料理の内容に対しては破格とはいえ、ペーペーの若造にとってはそう気軽なものではなかったのですが、それでも機会を見つけては何度も訪れました。
 しかし残念なことに、一年もたたないうちに転勤の辞令が出ました。次の勤務地は名古屋です。

 しばらくの間は新しい職場に慣れるのに必死でしたが、少し余裕が出てくると、思い出すのはあの大阪のフレンチレストランです。ああいう店が、探せばこの地にもきっとあるはずだ、と考えました。それを探し当てねば、と思い立ったのです。
 僕が勤めていたのは食品を扱う会社だったので、先輩たちは「名古屋のおいしい店」になかなか詳しかったのですが、残念ながらフレンチは彼らの守備範囲外でした。そうなると、もう自力で探すしかありません。
 当時はまだネットもそう普及しておらず、グルメ系レビューサイトのようなものはまだありませんでした。雑誌などのわずかな情報を頼りに、半ば当てずっぽうで探すしかありません。僕はとりあえず、そこそこいいホテルの中に入っているメインダイニングのフランス料理店に目星を付けました。

 結論だけ言えば、その選択は大失敗でした。何がって接客がです。40代くらいの黒縁メガネをかけた男性のサービスマン氏は、大袈裟でなく、
「うっかり紛れ込んできてしまった場違いな若造を思いっきり馬鹿にしてやろう」
という悪意すらあったのではないか、としか思えない態度だったのです。
 注文の時に、長い料理名を読み上げていると、途中でプッと吹き出しながらそれをさえぎり、「仔羊のロティですね」と言いながら注文票にそれを書きつけました。
 ホワイトアスパラガスの料理を選んだら、「生のホワイトアスパラ食べたことあります?」と、いぶかしげに尋ねられました。
 追加でフォアグラ(もちろん最高額メニューのひとつです)を薦めてきて、断ると光の速さで回れ右をして、そのまま無言で去っていきました。

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新刊紹介

稲田俊輔

イナダシュンスケ
料理人・飲食店プロデューサー。鹿児島県生まれ。京都大学卒業後、飲料メーカー勤務を経て円相フードサービスの設立に参加。
和食、ビストロ、インド料理など、幅広いジャンルの飲食店25店舗(海外はベトナムにも出店)の展開に尽力する。
2011年には、東京駅八重洲地下街にカウンター席主体の南インド料理店「エリックサウス」を開店。
Twitter @inadashunsukeなどで情報を発信し、「サイゼリヤ100%☆活用術」なども話題に。
著書に『おいしいもので できている』(リトルモア)、『人気飲食チェーンの本当のスゴさがわかる本』『飲食店の本当にスゴい人々』(扶桑社新書)、『南インド料理店総料理長が教える だいたい15分!本格インドカレー』『だいたい1ステップか2ステップ!なのに本格インドカレー』(柴田書店)、『チキンカレーultimate21+の攻略法』(講談社)、『カレー、スープ、煮込み。うまさ格上げ おうちごはん革命 スパイス&ハーブだけで、プロの味に大変身!』(アスコム)、『キッチンが呼んでる!』(小学館)など。近著に『ミニマル料理』(柴田書店)、『個性を極めて使いこなす スパイス完全ガイド』(西東社)、『インドカレーのきほん、完全レシピ』(世界文化社)、『食いしん坊のお悩み相談』(リトルモア)。

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