よみタイ

「ソーセージとビール」を離れると見えてくるドイツ料理の真髄

日本ほど「外国料理」をありがたがる国はない…!
「現地風の店」が出店すると、なぜこれほど日本人は喜ぶのか。
日本人が「異国の味」に求めているものはなんなのか。
博覧強記の料理人が、日本人の「舌」を形成する食文化に迫るエッセイ。

前回までは中華(中国)料理について4回連続でお届けしました。
さて、今回。突然ですが、あなたは「ソーセージとビール以外のドイツ料理」を思い浮かべられますか?

ソーセージ食ってる場合じゃねえ!

 5年くらい前のことだったでしょうか、その日の夜に僕はお気に入りのドイツ料理店に予約を入れていました。そのことで昼間の仕事中も内心ウキウキだった僕は、打ち合わせの合間の雑談で、
「今晩ドイツ料理行くんですよ!」
と、自慢げに話しました。すると、目の前の人は少し呆気に取られたあと、こんなことを言いました。
「『今晩ドイツ料理に行くんですよ』っていうセリフ、もしかしたら生まれて初めて聞いたかもしれません」
 確かにそんなもんかもしれません。「イタリア料理行くんですよ!」「中華料理行くんですよ!」は、しょっちゅう誰か言ってそうですが、ドイツ料理は言われてみれば滅多に聞かない。確かにソーセージやドイツビールは身近なものかもしれないけど、「ドイツ料理」となると途端に縁遠いイメージがあります。

 1960年代、70年代のレストランガイドを眺めていると、面白いことに気が付きます。当時の外国料理レストランは、価格の高さでも数の上でもフランス料理が圧倒的なのです。「格式の高さ」と言い換えてもいいのかもしれません。そしてそこに「格落ち」といった風情で、イタリア料理やスペイン料理、ロシア料理やドイツ料理などが続いています。
 ところが皆さまご存知の通り、その後1980年代にイタリア料理は大躍進を遂げます。現在ではフランス料理と肩を並べるどころか、少なくとも数の上ではむしろそれを圧倒しています。更に1990年代以降は「バル」と言われる業態を通じて、イタリア料理に続けとばかりにスペイン料理も台頭しました。
 ドイツ料理は(ロシア料理などと共に)すっかり取り残されてしまったのです。
 なので、現代における日本人のドイツ料理に関する知識は、半世紀前とそう変わっていないと思われます。「ソーセージ」は別格としても、それ以外となる「ジャーマンポテト」くらいしか思い浮かばないのが普通でしょう。だから「ドイツ料理を食べに行くんです!」と興奮気味に話されても、どう返していいかさっぱりわからないのは当然と言えば当然です。

 僕が初めて本格的なドイツ料理に触れたのは、今から25年ほど前だったと思います。ドイツに住んでいたことのある友人に連れて行ってもらったのです。小学生時代に大学教授を務める父親の仕事の関係で数年間をドイツで過ごした彼曰く、その店は「この辺りで唯一、ちゃんとしたドイツ料理が食べられる店である」とのことでした。
 そんな本格的なドイツ料理の店のメニューは、僕にはさっぱり解読不可能でした。なのでオーダーは全て友人におまかせです。まず前菜としてマッシュルームの料理とジャーマンポテト的な料理を選んでもらったのを憶えています。ちなみにドイツには「ジャーマンポテト」という料理は存在しません。そりゃそうだ。日本に「日本風イモ」なんて料理が存在しようがないのと同じです。ですが当然ながらドイツには「じゃがいもをベーコンとかと炒め合わせた料理」は数限りなく存在します。その店にあったのは、そんな料理のひとつ。そしてこれが実にうまかった! 自分がそれまで知っていた「ジャーマンポテト」とは別格だったのです。そしてマッシュルームもまた最高でした。そのまんま焼いただけの、実に見栄えのしない料理でしたが、微かに香る得体の知れないスパイスの香りに興奮しました。
 友人は「初心者」である僕に気を使ってか、
「いちおうソーセージも頼んどく?」
と聞いてくれましたが、僕はブンブンと首を横に振りました。そりゃあソーセージも絶対うまいだろうけど、ここではそんなもん食べてる場合じゃない、と既に確信していたのです。友人は、我が意を得たと言わんばかりに「アイスバイン」を追加オーダーしました。
 アイスバイン? これまた完全に謎でした。その店は全体に、20代の男二人が訪れるには少々、というかだいぶ値が張る店でしたが、アイスバインなるものはその中でもひときわ高額でした。4000円くらいだったと思います。普段は居酒屋で380円のツマミすら追加を躊躇ちゅうちょしていた僕にとっては、清水の舞台から飛び降りる(というか、飛び降りさせられる)くらいの勢いでした。
 しかし、しばらく経って登場したアイスバインは、その価格に見合うどころではない、素晴らしいものでした。豚の骨付きのすね肉を丸々一本塩漬けしたものを、トロトロになるまで煮込んだ料理。ザワークラウトも一緒に煮込まれており、その独特な風味と酸味が、「博多ラーメンと高菜」のように(注:すみません、当時の貧乏な感想をそのまま記しています)見事にマッチしていました。
 とにもかくにも僕はその日以来、2つの学びを心に刻み込むことになります。
「ドイツ料理というものは素晴らしいものである」
「ソーセージ食ってる場合じゃねえ」

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稲田俊輔

イナダシュンスケ
料理人・飲食店プロデューサー。鹿児島県生まれ。京都大学卒業後、飲料メーカー勤務を経て円相フードサービスの設立に参加。
和食、ビストロ、インド料理など、幅広いジャンルの飲食店25店舗(海外はベトナムにも出店)の展開に尽力する。
2011年には、東京駅八重洲地下街にカウンター席主体の南インド料理店「エリックサウス」を開店。
Twitter @inadashunsukeなどで情報を発信し、「サイゼリヤ100%☆活用術」なども話題に。
著書に『おいしいもので できている』(リトルモア)、『人気飲食チェーンの本当のスゴさがわかる本』『飲食店の本当にスゴい人々』(扶桑社新書)、『南インド料理店総料理長が教える だいたい15分!本格インドカレー』『だいたい1ステップか2ステップ!なのに本格インドカレー』(柴田書店)、『チキンカレーultimate21+の攻略法』(講談社)、『カレー、スープ、煮込み。うまさ格上げ おうちごはん革命 スパイス&ハーブだけで、プロの味に大変身!』(アスコム)、『キッチンが呼んでる!』(小学館)など。最新刊は『ミニマル料理』(柴田書店)、『個性を極めて使いこなす スパイス完全ガイド』(西東社)。

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