2022.12.23
新卒ホヤホヤサラリーマンがフレンチレストランで出会った「本物のサービス」
「現地風の店」が出店すると、なぜこれほど日本人は喜ぶのか。
日本人が「異国の味」に求めているものはなんなのか。
博覧強記の料理人が、日本人の「舌」を形成する食文化に迫るエッセイ。
前回は、ドイツ料理の真の魅力について語られました。
今回は、高級外国料理の筆頭「フランス料理」をめぐる稲田さんの幸福な記憶が綴られます。
フランス料理はエキサイティング!
僕の本格的なフランス料理との出会いは、極めて幸福なものでした。
それは、今を遡ること30年前、新卒で大阪の会社に就職したばかりの頃です。近くのオフィスビルの最上階に、そのレストランはありました。
そんな場所にあるくらいですから、その店はいわゆる高級店。ウン万円のフルコースが主体です。しかしその店が特殊だったのは、メニューの中に格安のお気軽コースがあったこと。前菜とメインをそれぞれいくつかの選択肢から選び、その2皿にグラスワインが2杯付いていました。値段ははっきりとは覚えていないのですが、少なくとも1万円でしっかりお釣りがきたことは確かです。
今になって思えば、それは「ビストロ風のコース」だったということになるでしょう。普段はそのビルに入っているような大企業の接待や会合、宴会で売り上げを立てつつ、お店としては、もっと気軽に、日常的にフランス料理を楽しんで欲しいという想いがあったんだと思います。
その時点でその店は「めっちゃいい店確定」なんですが、サービスがこれまた素晴らしかったのです。いや、「素晴らしかった」などと上から目線で語っている場合ではありません。僕は今でも本当に心から「感謝」しています。着慣れぬスーツで鯱鉾ばった若造に、あそこまで親切で丁寧でプロフェッショナルな接客をしてくれるなんて、そうそう無かったことだと思います。なにしろこちらは慣れない、そして不相応な場所で、緊張しています。その緊張を巧みに解きほぐしてくれるプロの技。と言って別に無駄口を叩くわけでもありません。料理やワインについての流麗な説明の中で、それはあくまでさりげなく行われました。
ある時、前菜の中にリー・ド・ヴォーの料理を見つけて、迷わず注文したことがありました。食べ物に関する本なんかで、活字でだけは何度も見かけていた「仔牛の胸腺肉」です。真っ先に、それを選んだことを褒めてもらいました。もちろん僕は有頂天です。
「リー・ド・ヴォーはよく召し上がられるんですか?」
とも聞かれました。よく召し上がってなんかいないのは百も承知だったと思います。それでも「召し上がったことあります?」ではないのです。そしてそこから料理についての詳しい説明が始まります。リー・ド・ヴォーの何たるかはギリギリ知っている程度の料理オタクだった僕は、そこに対して拙い質問もします。そんな生半可な質問にも即座に丁寧に答えてくれました。
グラスワインはいつも、「入れすぎちゃいました」と笑いながら、たっぷりすぎるほど注いでくれました。メインを食べ終えた後には、「よろしければ」とワゴンに載った様々なチーズを振る舞ってくれました。いやこれ、本当に「振る舞い」だったんです。料金に追加されることはありませんでした。なのに、ずらりと並ぶチーズをひとつずつ説明してくれながら、こちらがちょっとでも興味を示したものは、片っ端から気前よく切り出してくれました。その時は訳もわからぬまま喜んでましたが、あれはどう考えても普段は高額コース用のサービス、もしくは追加料金が必要だったはずです。フランスのチーズはそもそも高いですし、それをレストランで楽しむとなると、保管の手間やロスを考えても結構な金額になるのが普通です。
明らかに不慣れな若造なのに、と言うよりは、不慣れな若造だったからこそ親切にしてくれたんだ、ということが今となってはわかります。
