2023.2.24
タイ料理が切り拓いた、和・洋・中以外の「第4の選択肢」
「マズい草」の衝撃
しかし、当時何より衝撃的だったのがパクチーです。最初は僕もわけがわかりませんでした。唐辛子の辛さは「ちょっとした痩せ我慢」さえすれば乗り越えられて、乗り越えればかえってヤミツキになる。酸っぱさは、タイ料理の特徴のひとつである「甘さ」で相殺される。ナンプラーやココナツは、びっくりしつつもなぜかすんなり受け入れられる。
しかしパクチーは別でした。最初は僕も「なんでこんなマズい『草』を、わざわざ料理に入れるんだろう」と首を傾げつつ、さりげなく避けて食べていました。そのうちわざわざ避けるのも面倒になり、(あるいは少しの見栄もあり)なんとなく(仕方なく)食べているうちに、気がつけばその独特すぎる味わいの虜になっていました。今考えても少し不思議です。
パクチーを克服してからは、他のハーブもだんだん個別に認識していくようになりました。レモングラスやバイマックルーといった、これもまたタイ料理に欠かせないハーブです。これらはやっぱり未知の香りではあったけど、ナンプラー同様、どこかすんなり馴染める要素でもありました。
ミントはココナツ同様、それまでは料理に使われるイメージがゼロだった要素です。特殊なお菓子か「歯磨き粉」のイメージですね。でもそれも、難敵パクチーすら乗り越えた後では、たいしたハードルではありませんでした。
思わず長々と、当時の僕がタイ料理から受けた衝撃を因数分解してしまいましたが、これらは全て、タイ料理を知る前には完全に未知の味覚要素でした。もう少し具体的に言うと、それまで知っていた「世界の料理」は「和・洋・中」というシンプルな三文字に集約されていました。しかし上にあげた各要素は、全てそこには無いものだったのです。
今となっては、ナンプラーはむしろ日本人なら誰もが知る基本調味料のひとつですし、ココナツやパクチーが料理に使われるのも(相変わらず人によって多少の好き嫌いはあるにせよ)当たり前。日本人の「辛さ耐性」は飛躍的に向上し、当時の「激辛」も今となっては、「んー、確かに辛いけど別に普通?」程度のことになっていると感じます。長粒米を「外米」と呼んで毛嫌いする感覚も、今やすっかり過去のものです。
しかしそれらは全て、その時代に始まったのです。そんなパラダイムシフトをリアルタイムで体験した世代にとってタイ料理は、一生涯にわたるある種特別な存在になったのではないでしょうか。