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あの世とこの世のファジーな境目 第14回 死んでいるのに死んでいない人々——霊媒師家系・猫沢家にまつわる恐怖のリアル怪談

担任の配った〝七不思議プリント〟

 ところがその年の夏休みに入る前日。担任で体育教師のK先生が、ガリ版で刷った藁半紙のプリントをクラスの生徒に配ったところから、夏本番の恐怖体験が始まった。そこには、この中学校にまつわる七不思議が事細かに書かれていて、しかもそのどれもが史実に裏付けられたドキュメンタリーだったのだ。そこにある7話のうちの1話こそが、まさしく先日、父に聞いた同級生の転落事故の話で、起きている不思議な現象(夜になると誰もいない体育館からボールをつく音がする)まで、私が体験したのと一緒だった。
 他には、学校の所在地名の由来について。学校の住所は〝明戸あけど〟だったが、昔この場所には絞首刑場があり、改名される前の地名は〝開戸〟つまり、13階段を上り終えた後に開ける扉に由来していたのだという。
 また、校庭の第4コーナーにある、快晴の日でも決して乾くことのない人形ひとがたのシミについても書かれていた。この中学校は阿武隈川のすぐそばに建てられていたが、古くは学校のあたりまで川だった。しかしその後、埋め立て工事が行われて、現在の校舎が建つに至る。その、埋め立て前に悲劇は起こった。まさにこの場所で溺れて水死した人が史実に残されている(このシミについては、生徒の間で奇妙な噂がなくもなかった。ある日、第4コーナーを走り抜けようとしていた生徒が、原因不明の息苦しさに襲われて倒れたのを覚えている……)、というような話が、小さな文字でびっしりと7話収められていた。

 K先生の恐怖新聞ばりのプリントを引っ掴み、急いで家に帰って母に報告した。

「お母さん! この間、お父さんが言ってた体育館の同級生の話、K先生が作ったこのプリントに載ってたよ」

 お茶飲み休憩中の母は、どれどれというふうにプリントを覗き込み、それからしばらくふむふむとひとり納得したように頷いてから「あのね」と切り出した。「いい機会だから言っとこうと思って。この間、あんたがお化けみたいなものを見たって言ってたけど、あのとき、それ聞いて誰も驚かなかったでしょ? 実はおじいちゃんも、お父さんもフツーに見える人なのよ。まあ、おじいちゃんの場合、誇大妄想もあるから普段からどこまでが現実なのかわからないけど、お父さんはね、こういうことよくあるらしくて。この間なんか、夜中に台所で冷蔵庫が開いてて、誰かが屈んで中を見てるのか足しか見えなかったんですって。それで〝はは〜ん、お母さん、また夜中に大福あさってんな〟って思って、いきなり「何やってんだ!」って大声で言いながら冷蔵庫をのぞいたら、誰もいなかったんですって〜〜〜〜〜もーやあねえ、ほんと! お母さんなんか、霊だの生霊だの、ぜんっぜんわかんないから。ひとつも感じない人間で、ほんとよかった」そう言って、おやつの大福の周りについている白い粉をパフパフさせながら、目を白黒させた。母は、あんこに目がない和菓子党で、昼間に買った和菓子を冷蔵庫に隠していた。それを真夜中、家族が寝静まった後にこっそり食べるのが母の楽しみだった。

「そういうわけでさ、あんたが見ちゃうのは家系だから、特別なことじゃないって話と、もうひとつ。あんまり向こうの世界に行っちゃダメだよ」

 と、母は言った。最後のフレーズは、聞かずともなんとなく言わんとしていることがわかるような気がした。
 確かに父は、昨夜の巨人阪神戦の結果を言うかのごとく、不思議なことをさらりと言うことがよくあった(ちなみに成長後の下の弟ムーチョにも、この体質がある)。小学生の低学年あたりまで、時々父と、あの爆発する風呂に入っていたのだが、その時も風呂の大きな窓から夜空を見上げて「エミといると、なぜかUFOを見るんだよなあ……アッ、あそこにいる!」などと言っていた。祖父が誇大妄想を含む精神病持ちで、それを父が遺伝的に受け継いでいたのか? または、本当に父が見ていたものは、この世のものではないやからたちだったのか? 

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新刊紹介

猫沢エミ

ミュージシャン、文筆家。2002年に渡仏、07年までパリに住んだのち帰国。07年より10年間、フランス文化に特化したフリーペーパー≪BONZOUR JAPON≫の編集長を務める。超実践型フランス語教室≪にゃんフラ≫主宰。著書に料理レシピエッセイ『ねこしき 哀しくてもおなかは空くし、明日はちゃんとやってくる。』『猫と生きる。』など。
2022年2月に2匹の猫とともにふたたび渡仏、パリに居を構える。
9月、一度目のパリ在住期を綴った『パリ季記 フランスでひとり+1匹暮らし』が16年ぶりに復刊(扶桑社)。最新刊は、愛猫イオの物語『イオビエ』(TAC出版)。

Instagram:@necozawaemi

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