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猫沢家は毎日が世紀末! 第12回 地獄のヴィザ更新から持ち上がる結婚話〜父のハルマゲドン事件

父にとって、鴨は野菜カモ⁈

 遡ること今から25年前。29歳だった私は一度、結婚し損ねたことがあった。当時、付き合っていたロンドン在住の日本人の彼が、お父さんのガンの再発を受けて、日本に帰国。それをきっかけに結婚の話が持ち上がったのだ。彼としては、自分の幸せな姿を見せて、お父さんに安心して欲しかったのだと思う。互いの親への紹介も済み、猫沢家のある福島県白河市にて正式な結納式を開くことになった。そもそもこの段階で気づくべきだった。忌まわしい猫沢家のテリトリーで祝い事など縁起でもないということに。それに再発の初期とはいえ、彼のお父さんは病気をわずらっていて移動も大変だろうから、我々が実家のある群馬までおもむくと申し出たのだが、彼のお父さんは「お嫁さんを迎えるのだから、こちらからご挨拶に行くのが筋だ」と、福島まで来てくださった。そう、この元彼も猫沢家とは真逆の、勤勉で実直なお父さんと、それを支える辛抱強くて愛に溢れたお母さんのいる、ごく普通の常識的な家庭に生まれ育った人だった。

 結納式は、地元で名高い蕎麦屋の個室を貸切にして開かれた。そもそもここにも私のミスがあった。結納式の段取りをすべて母に任せたことだ。「大丈夫よ〜。娘の結納式ですもの。お母さんがちゃんとやるわよ〜」というセリフに騙された。あれだけ「彼のお父さん、ガンが再発してからお肉は避けてるから、魚かベジタリアンメニューのお店にしてね」と口を酸っぱくして言っていたのに、両家が向き合う蕎麦屋の座敷、仲居さんによって運ばれてきたのは、「本日はおめでとうございます。当店自慢の鴨づくし懐石コースでございます」であった。ナヌ⁈ 正面の彼一家に顔を向けられず、うつむいたまま横にいる母を小声で鋭く問い詰めた。

「ちょっと! あれだけ肉はやめてって言ったのに!」すると母が、
「だってうちのお父さんが、鴨じゃなきゃイヤだって言うこと聞かないんだもん」

母が言い終わるか終わらないかのタイミングで父が挨拶を始めた。

「本日は、遠いところへ足をお運び頂きましてありがとうございます。マッテオくん(元彼・仮名)のお父さまは、現在お肉が召し上がれないと娘から聞いておりましたので、本日は鴨づくしをご用意致しました。ご堪能頂ければと存じます」

〝カモね カーモね そーうカーモね 鴨は野菜ー カモーねー♪ ってアンタ、鴨は野菜なんかーい!〟

心の中で思いっきり叫んでた。

一気に絶対零度まで冷え込んだ結納式だったが、彼のお母さんは「大丈夫ですよ。お野菜もたくさん出して頂いてますし、どうぞお気遣いなく」と、あくまでも柔らかく流してくださった。

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猫沢エミ

ミュージシャン、文筆家。2002年に渡仏、07年までパリに住んだのち帰国。07年より10年間、フランス文化に特化したフリーペーパー≪BONZOUR JAPON≫の編集長を務める。超実践型フランス語教室≪にゃんフラ≫主宰。著書に料理レシピエッセイ『ねこしき 哀しくてもおなかは空くし、明日はちゃんとやってくる。』『猫と生きる。』など。
2022年2月に2匹の猫とともにふたたび渡仏、パリに居を構える。
9月、一度目のパリ在住期を綴った『パリ季記 フランスでひとり+1匹暮らし』が16年ぶりに復刊(扶桑社)。また、12月9日には最新刊、愛猫イオの物語『イオビエ』(TAC出版)が発売されたばかり。

Instagram:@necozawaemi

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