2022.12.15
少女・エミに叔父の与えた影響は時を超え……。第9回 追悼スピンアウト回~我が人生最初の師・シロちゃんは、なぜいつも祖父の餌食に?
祖父のパイナップル「あ~ん」事件
愛らしい側面と言えばもうひとつ、シロちゃん追悼回の意も込めて小話を。私が小学生低学年頃の夏休みに、うちの家族とシロちゃん、叔母の家族がそろって泊まりがけで海に出かけた。目的地に向かう車の1台はシロちゃんが運転手で、祖父は助手席に、私は後部座席に座っていた。祖父を毛嫌いしていた父とは違って、シロちゃんと祖父の関係は良好に見えた。祖父と一緒に暮らしていないシロちゃんは、私たち家族が祖父のやらかしで被っていた苦労を知らなかっただろうから、祖父は無邪気で子供っぽいオヤジ、くらいに見えていたのかもしれない。そんなシロちゃんといる時の祖父も嬉しそうで、顔立ちも似た仲のいいふたりが楽しげにしているのを見ると、普段、父が何かと祖父に冷たく当たるたびに痛む胸の奥が、ちょっと癒された。
その日もシロちゃんの隣に座った祖父はルンルンで、甲斐甲斐しく運転中のシロちゃんに代わって飲み物のフタを開けてあげたりしていた。大好きな詩吟や演歌のカセットテープ(の時代)を爆音でかけ続ける車内DJと化した祖父。すると今度は、家から持ってきたタッパーを開けて、中のパイナップルをフォークに刺すと、運転中のシロちゃんに食べさせ始めた。
「シロ! これ、うんまいんだぞお〜。ほれ、食べてみろ」
「ちょ、ちょっと! 運転中で危ないから。後で食べるから……」
「いいから一口、ハイ、あ〜ん」
「もう……! しょうがないなあ……あ〜ん」
シロちゃんの口の「あ〜ん」の「あ」がマックスに開いた瞬間だった。白バイが急に現れて、私たちの車が捕まってしまった。祖父の爆音DJとパイナップル無理強いに気を取られて誰も気づかなかったのだが、シロちゃんは結構アクセルを踏み込んでスピード違反していたのだった。もちろん白バイの気配に気づかなかったのも、祖父の撹乱によるものだ。かわいそうに真面目で気のいいシロちゃんは、警察官にペコペコ平謝りして車に戻ると、「もう! オヤジのせいだぞ!」と、しばらくは憤慨していたものの、しばらくすると車内は何事もなかったかのように、また愉快な雰囲気になった。子供心に、この人たちは本当に物忘れのスピードが速いなあと感心していた。なぜそんなにも、すぐに和めるのか? そこには祖父の「申し訳ない」という気持ちが、ほんっとうにカケラもなかったからだと思う(笑)。大抵、何か良くないことが起きると、その責任の所在を当事者たちは求める。そして、問題を起こした人はシュンとして申し訳ないという空気が漂う。猫沢家には、この当たり前の〝悪いことをしたら悪いと思ってシュンとする〟が、大人たちの間にはまったくなかった。ちなみに私と弟たち、子供世代の間には、母の一応まともな教育のおかげ(かなりギリギリな側面もあったけど……)で、この感覚はもちろんあった。そんなわけで、子供の私たちには、猫沢家の大人たちのこの物忘れの速さと反省のしなさ、ゆえに同じ珍事を繰り返す日常が、まるでギャグ漫画のように感じられたのだ。
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