2021.5.8
「間違いなく男がいる」深夜帰宅した妻の嘘を見抜きながらも問い詰めなかった夫の心理(第8話 夫:康介)
瑠璃子が麻美をフォローしたきっかけは、もちろん櫻井康介だ。
ブログに書いた小説がドラマ配信されることになり、著作権に関する相談をしていた5年前のこと――康介はすっかり忘れているだろうが、打ち合わせ後の食事の席で「これ、僕の彼女」と自慢げにインスタグラムを見せてきたのだ。
当時はフォロワー1,000人足らずの趣味アカウントだったが、その数少ない投稿からでも、彼女の華やかで恵まれた私生活は十分に垣間見られた。
ほとんどの男性が好むだろう、癖のない端正な顔立ちと華奢な骨格。シンプルながら華のある女性らしいファッションで、南国リゾート、グランメゾン、高級ホテルなどのラグジュアリーな空間に溶け込んでいる。
――なんだ。結局、“こういうの”を選ぶのか。
失望の視線を送ったものの、男の顔には「美人だろ」と書いてあった。鼻の下を伸ばす康介を見た瞬間の、息苦しさと刺すような痛み……今思えばあれは、初めての失恋だったのかもしれない。
康介は担当弁護士として、法律に明るくない瑠璃子が損しないよう親身にサポートしてくれた。それだけでなく、目を丸くしたり大笑いしたり、時には呆れたりしながら、瑠璃子の話をいつも楽しそうに聞いてくれた。
その大袈裟なリアクションが、可愛かった。エリート人生を送ってきた男であるのに、まったくスレていないと感じた。瑠璃子がわざと人を喰ったような発言をしても「面白い」と笑ってくれる。
昔から変わり者扱いされ続け、誰と交わっても本質的に理解してもらえなかった。自分のように我の強い女は、独り寂しく生きるほかない。そう思って、仕方なく、吐いても吐いても溜まり続ける膿をTwitterや小説にぶつけて生きていた。
けれど彼だったら。櫻井先生となら心を通わせることができるかもしれない。
そんな風にまで思っていたのに、その後まもなく彼はあっさり結婚してしまった。法律相談も済んでしまえば、新婚の康介に会う理由もない。
しかし5年後の月日が経ち――偶然か、運命か。書籍出版の話が舞い込み、瑠璃子は康介と自然な形で再会することとなった。
およそ執着というものに縁のない人生を送ってきたはずが、いったい彼の何にこうも囚われるのか。自分でもよくわからない。
だが、再び顔を合わせた瞬間、瑠璃子はこみ上げてくる欲望を止められなかった。
――やっぱり、どうしても彼が欲しい。たとえ、他の女の夫であったとしても。
不良化する妻…男の影を察知した夫の意外すぎる行動
「何時だと思ってるんだ」
深夜1時。夕刻に「食事に行く」と言って出かけたままようやく帰宅した麻美に、康介は玄関先で唸るように言った。
「……起きてたんだ」
髪とタイトスカートの乱れを直し、無表情のまま夫の横を素通りする麻美。開き直った態度をとる妻に呆然とし、康介はもはや返す言葉も見つからない。
栗林家のホームパーティーで一悶着あってからというもの、麻美の不良化は度を超えはじめた。ジュエリーを贈ればコントロールできるだろう、なんて完全に甘く見ていた。むしろ近頃の麻美はわざと夫の怒りを買っているようにさえ見える。
家にいても「仕事だ」と言ってスマホをかた時も離さないし、夜遊びは日常化し、ついに今日は日付を超えての帰宅。
『梨花の家で飲んでるから遅くなります。先に寝てて』
0時前にLINEが届いてはいたが、いくら自由な夫婦でも節度というものがある。
しかし麻美は悪びれる様子もなく、夫を無視したままリビングで平然とスマホをいじり始めた。
「おい。誰にLINEしてる」
苛立った康介が怒鳴ると、妻は「ああ、面倒」と言わんばかりに顔を上げ、氷のように冷たい視線をこちらに向けた。