2021.11.6
「一体、誰の子どもを妊娠した?」理想の妻の恐ろしい二面性(第21話 妻:麻美)
彼女は、一体誰の子どもを妊娠した?
「晋也くん、元気?」
突然電話が鳴ったのは、最後に彼女と会ってから2ヶ月以上の時間が経ってからだった。
「元気だけど、ずっと心配してたよ! しばらく連絡がなかったから。麻美、何かあったの?」
平日の昼下がり。久しぶりにスーツを着て出社していた晋也は急いで席を立つと、誰もいない会議室に移動し、精一杯の優しい声で応答した。
「お返事、できてなくてごめんね」
「どうしたの?大丈夫?麻美に会いたいよ」
緊急事態宣言も明け、出勤も増えている。今のうちに麻美との昼の情事を楽しんでおきたい。
「うん、いろいろあって……」
「何、旦那さんにバレた? それとも新しい彼氏でもできたの?」
相変わらずおっとりした口調で、もったいぶるように話す麻美にやや苛立ったせいだろうか。自分らしくもない挑発的な言葉が出てしまった。
「……あのね、私、妊娠したの」
けれど次の瞬間、晋也は完全に言葉を失った。
妊娠? 麻美が? 一体、いつ。
エステサロンの立ち上げに必死ではなかったか?いや、そもそも誰の子だ? 旦那の子? 仮面夫婦と言っていなかったか?あるいは、まさか……?
様々な疑問が頭の中をめぐり、やや混乱状態に陥る。
咄嗟に彼女と身体を重ねた記憶を引っ掻き回したが、心当たりが全くないとも言えない。窓の外に広がる丸の内のビル街がわずかに歪み、背筋にヒヤリとしたものが走った。
この女は真昼間に電話をかけてきて、自分を脅す気なのか。もしそうだとしたら……。
「だから、晋也くんと会うのはちょっと難しくなっちゃって」
けれど麻美は、そんな晋也を茶化すように明るい声を出す。スマホ越しに、いつもの上目遣いで甘えた表情をする彼女の顔が浮かんだ。
「そ、そうか……いや、びっくりしたよ……。おめでとう。た、体調とかは、大丈夫なの?」
どうやら脅しではない。
ホッとすると同時に彼女に合わせて平静を装ったが、少しばかり声がうわずった。慎重に選んだつもりの言葉ではあるが、これで正しいだろうか。
「ラッキーなことに、つわりも全然なくて元気なの。ありがとう晋也くん。また落ち着いたらお茶でもしようね。じゃあ」
すると麻美は、拍子抜けするほどあっさりと電話を切った。
つまり彼女は、自分に別れを告げたのだ。まったく予想外の奇襲である。
やや途方に暮れたまま、晋也はインスタグラムを開く。SNSに興味はないが、麻美のアカウントはたびたび盗み見ていた。
そこには相変わらず上品に澄ました彼女の美しい顔が並んでいる。もはやカリスマ性まで帯び始めた麻美は、美容家、兼経営者として雑誌やメディアに頻出しているようだ。
その画面をスクロールするほどに、薄れていた欲望が再びふつふつと沸いた。
あの上質な服を今すぐ剥ぎ取って、どこまでも貪欲なあの女の本性を引きずり出してやりたい。
じっとスマホを見つめながら、晋也は一人、乾いた声で笑った。