2021.10.23
「あなたの夫に、何度も抱かれた」知らぬは男だけ…不倫女と本妻の修羅場(第20話 夫:康介)
不倫女の目を覚ました「本妻の貫禄」
「あの、何か……?」
怪訝な表情で問いかけられ、瑠璃子はようやく我に返った。
インテリアショップを後にした麻美は、1分も歩かない場所にあるカフェに入っていった。後を追っていた瑠璃子も吸い込まれるように続き、しかし彼女が着席したところで立ち尽くしてしまうと、そのタイミングで目が合ったのだ。
綺麗にカールした睫毛を瞬かせ、麻美は品の良い微笑を浮かべている。艶のある栗色の髪、ピンク色の頬、艶々に潤った唇……インスタグラムでは見慣れていたはずだが、いざ向かい合うと、隙のない美貌に圧倒されてしまった。
一方の自分はというと、ジム帰りでメイクも適当だし、オーバーサイズのパーカーにレギンスという格好であることを思い出す。まるで色気がない。
セレブ妻と、その夫に捨てられた女。不意打ちで遭遇した今この瞬間さえ、立場の違いが如実に表れているよう――そんな風にも思え、自虐的な笑いが漏れた。
「すみません、いきなり。櫻井麻美さんですよね。いつもインスタグラムを拝見しているもので、つい追いかけてしまったんです」
「わあ、そうなんですか。嬉しい!ありがとうございます」
もはやどう思われても構わない。瑠璃子が開き直って挨拶すると、麻美はわざとらしく口元に手を当てて驚いて見せた。左手には、大粒のダイヤモンドが煌めいている。まったく、どこまでも鼻につく女だ。
「私は小坂瑠璃子と言います。実はご主人と、公私ともに親しくさせていただいていて……」
――抱かれたんです、何度も。
最も言いたいセリフは、瞳だけで伝えた。
刹那、麻美の顔色がサッと変わったように見えたのは気のせいだろうか。確認しようとした時には、もう元の微笑に戻ってしまっていた。
「そうでしたか……。小坂さん、よかったらかけてください。せっかくの機会ですし」
柔らかな表情ではあるものの、有無を言わせぬ言い方で、咄嗟に断れなかった。戸惑う瑠璃子をよそに、麻美は片手をあげてスタッフを呼びつけている。
「私はオレンジジュースを。小坂さんは?」
促されるまま「じゃあカフェラテを……」と伝え、対面する形で麻美と向き合う。すると彼女は、拍子抜けするほどのんびりとした口調で言葉を続けた。
「ああ、いいお天気。今日はカフェ日和ですね」
「え……?」
「最近までずっと慌ただしくしていて、ゆっくりする時間がなかったの。ご存知かもしれませんが、夫が独立するので」
笑顔のまま世間話を始める麻美に、完全に調子を狂わされる。一人で耐え続けてきた鬱屈とした思いを、少しでも開放したくて挑発したのに。
――意外と鈍感なのかしら、この女……。
そんな風に考えた直後、瑠璃子はハッとした。口の中に苦い汁が広がっていく。
夫に親しい女がいたところで、何の影響もない。つまり麻美はそう言っているのだと気づいたからだ。
康介がついに独立を決断したことも知らなかった。半年以上も音信不通なのだから当然だ。
返す言葉を失う瑠璃子をよそに、麻美はニットワンピの上からお腹をゆっくり愛おしそうに撫でている。よく見てみれば、彼女のお腹は微かに膨らんでいた。
その姿を無言で眺めるうち、瑠璃子は自身の内側で、まるで風船が一気に萎むように、戦意も未練も失われていくのがわかった。