2021.7.31
「損する離婚はしたくない」〜妻に1,000万円を奪われた夫の、狡猾な戦略(第14話 夫:康介)
目撃してしまった、不良妻の実態
シャワーを浴びて身だしなみを整えた康介は、強い西陽に照らされながら瑠璃子の部屋を出た。
直前までの甘美な時間が嘘のように、すぐそばで蝉の大合唱が聞こえる。いきなり現実へ連れ戻された気分だ。
『今日はよろしくお願いします。今から向かいます』
エレベーターで1階ボタンを押すと、康介は素早く一通のLINEを送った。宛先は、栗林亮太。康介と同じ弁護士事務所から、先に独立した先輩である。
麻美を連れて栗林夫妻の自宅を訪ねてから、早いもので2ヶ月以上が経っている。
あの日、栗林からは独立に向けた有意義なアドバイスを数多くもらったが、結局その後は目前の仕事に追われるばかりでほとんど実行できていない。
「進捗はどうだ」と彼から連絡をもらったのをきっかけに、もう一度会って話そうという流れになったのだ。
麻美には随分前から「栗林さんに会う」と伝えてあり、変な誤解をされないよう、栗林から指定された三軒茶屋の小料理屋の食べログリンクまで送っておいた。
――タクシーなら、15分程度で着くよな。
待ち合わせの18時には、まだ余裕がある。のんびりと大通りまで歩き、流しのタクシーを探すことにした。
すると、その瞬間。康介の視線は、通りの向こうを歩く、見慣れたシルエットに釘付けとなった。
――あれ……麻美?
それは間違いなく、自分の妻だった。裾の広がった白いワンピースにも、左手に持ったヴァレクストラのバッグにも見覚えがある。
しかしながら問題は……彼女の肩に、見知らぬ男の手が馴れ馴れしく置かれていることだ。
――誰だ、あいつ?
瞬間的に頭がカッと熱くなり、体の奥底から突き上げるような怒りが湧いた。
自分が買った赤坂のマンションで何不自由なく過ごしているはずの麻美が、つい先日1,000万円もの大金を渡してやったばかりの妻が、まさか白昼堂々、夫以外の男に抱かれながら街を歩いているとは……。
すぐにでも駆け寄って「どういうことだ」と問い詰めるべきだろう。あるいは麻美の弱みを握っておくため、すかさずスマホを取り出し動画撮影すればいい。
しかしどういうわけか康介は、金縛りにでもあったように硬直し動けなくなっていた。
自分だって今の今まで瑠璃子の部屋にいたわけだし、妻の背後にある男の影にも気付いていた。だが頭でわかっていることと、自分の目でリアルに確認するのでは、衝撃の度合いがまるで違う。
震えるほどの怒りが身体中に満ちているのに、叫ぶことも追いかけることもできない。
康介は映画のワンシーンを眺めるかのごとく、ただ茫然と、浮気相手に笑顔を向ける我が妻を見送った。
(文/安本由佳)
※次回(妻:麻美side)は8月14日(土)公開予定です