2021.7.3
「離婚しちゃえばいいのに」他人の夫と寝た女が抱く、優越感と身勝手な妄想(第12話 夫:康介)
妻が突如口にした、あり得ない提案
「あ、お帰りなさい」
その夜、康介が普段より少し早めに帰宅すると、エプロン姿の麻美が駆け寄ってきて目を疑った。
――?!
どうせ今夜も妻は自分を無視するだろうから、またウーバーイーツでも頼もう。もはや何も期待せず帰宅したのに、わざわざ玄関まで出迎えにくるとは何事だろうか。
「あ、ああ。えーっと、ただいま……」
どもりながら答える。こういう時は、どういう顔をするのが正しいのだろうか。頬を引きつらせながらリビングに向かうと、キッチンに康介の好物であるサバの味噌煮が用意されていて二度見してしまった。
「お腹空いてるでしょ? ここのところバタバタしちゃって、夕食も作れずごめんなさい」
今朝の麻美とは別人のように、彼女はしおらしく謝ってくる。そして呆然とする康介をよそに、手際よくテーブルに器を並べ始めた。
「実は、こうちゃんに折り入ってお願いがあるの」
数ヶ月ぶりに食卓で向かい合うと、麻美は笑顔のままで切り出した。
ただならぬ予感がして、とっさに身構える。何かがおかしいということはわかっていたが、彼女の頭の中がさっぱり理解できない。
まさか……あり得ないことだが、瑠璃子との一件がバレたのだろうか?しかしそれなら、わざわざ好物を用意して帰りを待ったりしないだろう。
頭をフル回転させながら、康介は妻の次の出方を待つ。すると麻美はサッと真顔になり、思いもよらない言葉を口にした。
「私に1,000万円を出して欲しいの」
「……は?」
あまりに突拍子もない話で、すぐに意味を理解できなかった。なんだって……? 1,000万円……?
口を開けたまま固まる康介の目の前で、麻美は大したことないと言わんばかりの表情で話を続ける。
「前にも話したでしょ? 私、起業の準備を進めてるの。エステサロンを開業するから……その資金1,000万円、こうちゃんにお願いしたいの」
起業……? 開業資金……? ここのところずっとPCに向かっていたのは、そのせいだったのか。頭の中で点と点が繋がるも「はい、そうですか」だなんて言えるはずがない。
「な……何を言ってる。そもそも俺は、妻が起業するなんて許した覚えはない。それに1,000万円!? 渡せるワケがないだろ。そんな金はない」
こんなことを話すために、急に態度を変えて小細工したのか――怒りを通り越して半ば呆れながら、康介は断固とした口調で突っぱねた。
しかし麻美のほうも何かを企んでいる様子で、まったく引く気配を見せない。再びわざとらしく笑顔をつくり、こう言い放った。
「許すとか許さないとか……こうちゃんに、そんな権利はないと思うけど」
その瞳はゾッとするほど挑発的で、康介は不本意ながらも怯んでしまった。
(文/安本由佳)
※次回(妻:麻美side)は7月17日(土)公開予定です