2021.7.3
「離婚しちゃえばいいのに」他人の夫と寝た女が抱く、優越感と身勝手な妄想(第12話 夫:康介)
「離婚もアリかもしれない」妄想に逃げ、脳内お花畑になる夫
午前中の打ち合わせを終えエレベーターに乗り込むと、康介はけだるい体を壁に預けた。寝不足で頭が重い。しかしスマホを取り出し眺めると、思わず頬が緩んだ。
『先生に、今すぐ会いたい』
瑠璃子からのLINEにニヤけ、慌てて小さく咳払いをする。それでも俯き目を閉じると、昨夜の残像が再び脳内を占領した。
康介の首に腕を回し、恥じらいながら大きな瞳を潤ませた瑠璃子の表情には――うまく言葉にできないが、とにかく抗い難い色気があった。瑠璃子の肢体は肉感的で柔らかく、何より刺激するたび艶かしい反応があった。
自分でも驚くし呆れるが、罪悪感より快楽が勝っている。
そもそも康介は女性経験が豊富ではない。結婚後、麻美とレス状態に陥ってからも、他所に女を作るどころか浮気したことすら一度もなかった。元来が仕事人間だし社交的なタイプでもないから、単純にそんなチャンスがなかった。
それなのに、まさかよりにもよってクライアントの小坂瑠璃子とこんな関係になってしまうとは――しかしこの背徳感が、より一層気持ちを盛り上げているのかもしれない。
深入りは禁物だ。それは当然、頭ではわかっている。
しかし据え膳を自ら断るほど、康介は道徳的な男ではなかった。不倫を承知の上で連絡をよこすなら、わざわざ遠ざける気にもなれない。
何より瑠璃子との情事を思い返していれば、麻美に対する怒りがおさまった。
夫の朝帰りにも無関心で、存在を無視する妻。麻美は今朝、康介が必死の思いで購入した家の扉をぞんざいに閉め、行き先も言わずに出て行った。生活の一切を面倒みている夫に対して、よくもあんな態度が取れるものだ。
康介は頭を振り、再び瑠璃子の豊満な曲線を思い出した。
『奥さんじゃなくて、私を選べばよかったのに』
最初は何を言い出すのかと思った。しかしこうなってみると、確かにそうかもしれないという気がしてくる。
というのも、康介はもともと瑠璃子のような奔放な女が好みなのだ。
思い返せば、中学時代の初恋の相手は瑠璃子にそっくりだ。特にぽってりとした口元が似ている。クラスのムードメーカーで、元気はつらつというタイプの女子だった。
大学時代の彼女もそうだ。休学してピースボートに乗った瑠璃子ほどではないが、康介が止めるのもきかずバックパックでインドに行ってみたり、在学中に有名スタイリストに弟子入りしたり……行動力の塊というか、家庭におさまるイメージがまったくわかない女性だった。
若い頃はそういう彼女に振り回されるのも悪くないと思えたし、刺激に満ちて楽しくもあった。
しかし30歳を過ぎ、結婚を現実的に考え始めると、コントロールし難い女には自然と惹かれなくなっていった。
その点、麻美は出会ってすぐに結婚生活がイメージできた。少なくとも結婚を決めた当初は、彼女自身も康介が理想とする――つまり専業主婦として夫を支える、美しくソツのない妻になることを望んでいたからだ。
しかし麻美は変わった。前提が覆ってしまったなら、麻美と夫婦でい続ける意味もわからなくなってくる。