2021.4.10
「20万なら安いもの」妻に突然ジュエリーを贈った夫…その裏に隠された本音とは(第6話 夫:康介)
やはり麻美は自慢の妻だ。そう思い直した矢先…
「おー、櫻井。久しぶりだな!どうぞ上がって」
懸案の週末。櫻井夫妻は二人揃って、代々木上原にあるモダンな一軒家を訪れていた。5年前、康介と同じ法律事務所から独立した先輩・栗林亮太と、その妻・華の自宅である。
出迎えてくれた亮太に会釈をしながら、康介は確かめるようにして妻に視線を送った。
麻美は清楚なブルーのワンピースに身を包み、にこやかに微笑んでいる。その左腕にブレスレットが光るのを確認し、康介は思わず頬を緩めた。
……瑠璃子のアドバイス通り、ジュエリーの効果は絶大であった。
あの日、帰宅してすぐにロゴ入りのショッパーを手渡すと、麻美はあからさまに態度を軟化させ、なんと自ら「ホームパーティーに行く」と言ってきたのだ。
「櫻井にとっても独立は良いタイミングだと思うよ。不安定な時代だからこそ、大手にいたって安心とは限らないし……」
事前に打ち合わせていた通り、栗林亮太はさりげなく、しかし熱烈に独立の後押しをしてくれた。こっそり麻美の様子を伺うと、彼女も「そうなんですね」と真剣に頷いている。
――よし。予定通りだ。
気をよくした康介は、一気に畳み掛けるべく饒舌に語った。
「なぁ麻美、栗林さんを見ればわかるだろ。やっぱり独立するのが正解だと思わないか。実は俺もそろそろ後に続こうと思っててさ……」
実際、久しぶりに会う栗林亮太は事務所にいた頃よりもむしろ若返って見えた。もう40歳近いはずだが、体も締まっているし肌艶もいい。噂には聞いていたが、経営が順調であることは一目でわかった。
康介がここぞとばかりに思いの丈を溢れさせると、亮太も色々と過去を思い出したのだろう、これまでの苦労話や経営ノウハウをしみじみ語り始めた。
独立話で大いに盛り上がる男たち……するとその横で、これまで黙っていた亮太の妻・華が小声で麻美に話しかけるのが聞こえてきた。
「麻美さんとは、ずいぶん前にチャリティガラでお会いした以来? 相変わらず本当にお綺麗ね」
ホームパーティーではあるのだが、華が手配したらしい出張シェフがすべての料理をサーブしてくれている。そのおかげで、ホストである彼女もずっと着席したまま優雅に食事を楽しめているのだ。
「そんな……とんでもない」
控えめに謙遜する麻美。しかし康介は心の中で密かに大きく頷いていた。華の言う通り、やはり麻美は美人だし、いい女だ。こういう場に出席すると、彼女の魅力とそつのなさがいつも以上によくわかる。
そういう華も美貌の持ち主ではあるのだが、気の強さが前面に出ていて康介は苦手だ。夫の事務所を支える気などはまるでなく、自身でフェムテック関連のビジネスを立ち上げ、気鋭の美人社長としてメディア露出も激しい。
栗林夫妻のことは尊敬しているが、麻美に華を見習ってほしいとはまったく思っていなかった。
「麻美さんは、お仕事は何をされているの?」
それなのに、額を艶々と光らせた女社長が余計なことを尋ねるので、康介は心底うんざりしてしまった。
思わず横から「いや、妻は特に何も」と口を挟む。しかしそんな康介を麻美が強い目力で制してきた。
そして、次の瞬間。おもむろに口を開いたと思ったら、彼女はまるで予想外の、耳を疑うセリフを吐いたのだ。
「実は私も、起業するつもりなんです」
(文/安本由佳)
※次回(妻:麻美side)は4月22日(土)公開予定です。