よみタイ

一言目で「抱いていい?」と言われたのは、人生で初めてのことだった──ボブカット美女とのほろ苦いゴールデン街デート

「今日、私この人とデートするの!」

「本当に飲んでくれますか?」

次の日の夜、LINEを送ってみた。

「もちろん!ただ、0時過ぎになる!」
「了解です。ではまた明日、飲める時間わかったら連絡ください」

翌日の日曜の深夜。23時ころから外出をする準備をして連絡を待っていると、23時57分にLINEの通知音が鳴り響いた。

「起きてますか?? ゴールデン街に向かってるから、これたら!!来て!!」

雑なLINEが飛んできた。大久保にある家から、ゴールデン街へ歩いて向かった。歩いている途中、またふえこさんからのLINE通知が鳴った。金曜日に会った『月に吠える』の隣のお店に入った、とのことだった。

ゴールデン街に着いてみると、まず『月に吠える』がどこにあるのか自分がよくわかっていないことに気がついた。ゴールデン街は、2000坪ほどの広さの土地に、約300の店舗が存在している。25mプールの中に15の店舗が敷き詰められているくらいに高密度に密集している約300の店舗は、東西に延びる6本の路地で区切られてるのだが、どの路地にも室外機を剥き出しにした二階建ての長屋が似たように並んでいるから、どの店がどの路地にあるのか判別がつきにくい。それに、ゴールデン街に来るときはいつも酔っ払っていて記憶も方向感覚も曖昧になっているから、友人に連れられて何度か足を運んだだけの店の正確な場所なんてわかるはずもなかった。あみだくじのように新しい道にぶつかっては曲がるを繰り返しながら、視界に次々と飛び込んでくる煌々と光る看板の文字を読み取りながら歩いてゆくと、南から数えて二番目の路地であるG2通りの路上に、白く光った『月に吠える』の看板が佇んでいるのを見つけることができた。その隣のお店の中を覗いてみると、グラスを片手に壁際に立っているボブカットの女性の横顔が見えた。

「ふえこさん、こんばんは。覚えてますか」

店に入ると、カウンター席は人で埋まっていた。三十歳前後の女性が四人と、その間に挟まれるように、これまた三十歳前後の男性が一人座っていた。満席のカウンターの後ろで立ちながらお酒を飲んでいるふえこさんの横に並ぶと、

「今日、私この人とデートするの!」

ふえこさんがカウンターの中にいるハットを被ったお兄さんに向かって叫ぶように言った。その言葉に引っ張られるように、カウンター席に座る女性たちの首が僕の方を向いた。

「優しそうな人だね」

イケメンでもなく、初対面から何か突っ込めるほどの愛嬌を醸しだせるわけでもない僕に当たり障りのない定型句が投げかけられると、カウンターに座っている人たちの首の向きは元に戻り、それまでしていた会話の方へ声が帰っていった。どうやらカウンター席に座る女性の一人が、婚約相手の男性を連れてきて店番のお兄さんに紹介しているようだった。

「私にしてはいい男をゲットしたと思わない? 今度親に挨拶しに行くんだけど、ゴールデン街で出会ったなんて、ぜったい親に言えないよ」

「うん。言えない、言えない」と、周りの女性も頷きながら少し自虐気味に笑っていた。

店番のお兄さんにハイボールを注文して受け取り、隣のふえこさんに目をやると、左手にステンレスの灰皿を持って右手で紙タバコを吸いながら店内の会話に耳を傾け、時おり口角を綺麗にあげてニヤニヤと笑っていた。僕がグラスを持ったことに気がつくと、ふえこさんは左手の灰皿に吸いかけのタバコを置き、目の前のカウンター席に座っている人の頭の横から腕を伸ばしてカウンターに置いてあったグラスを掴むと、乾杯をしてくれた。それからお酒を一口だけ飲むと、またカウンターに腕を伸ばしてグラスを置き、左手の灰皿に置いていたタバコを吸いはじめた。その一連の動きがなんとも不便そうだった。僕はタバコを吸わないから、僕がお酒と灰皿を持ち、ふえこさんがタバコとお酒を持てば、ふえこさんがタバコを吸いながらお酒を飲むことができるのではないかと思い、「灰皿を持ちましょうか」と聞くと、「いいっ」と断られた。それから、

「君は灰皿は好きかい?」

と、唐突に言ってきた。その声は、ちょうど会話が途切れていた店内に響き渡った。

「ふえこ、中学生の英語の教科書みたいな会話するなよ」

店番のお兄さんが淡々とした声で速やかに突っ込みを入れると、わっ、と店内に笑いが起こった。

「これはペンですか? それはペンです。みたいなやつね」

カウンター席に座る女性の一人が補足するように言葉を繋げると、他の女性の口からも次々に言葉が連なってきた。

「ドゥー ユー ライク ハイザラ? あなたは灰皿好きですか」
「えー、ふえこちゃん、ライクじゃなくてラブじゃないの? 灰皿ラブでしょ?」
「ドゥー ユー ラブ ハイザラ? 」

「ラブ!灰皿ラブぅ!」ふえこさんが宙に向かって叫ぶと、また店内にわっ、と大きな笑いが起こった。知り合い同士の毛づくろいのような会話に、新参者の自分は入る隙がなかったが、婚約者として紹介されていた男性もニコニコしながら黙って聞いているだけだったので、別に会話に入らなくてもよいのだと変に安心した。

ハイボールを一杯飲み終わったところで「店を出よう」とふえこさんが言ってくれたので、会計を一緒にして支払った。

「うわぁー、奢ってもらうの? 本当にデートじゃん。さすがだなぁ、ふえこ」

お釣りを用意しながら店番のお兄さんが言うと、

「私があとでホテル代を払うからさっ!」

捨て台詞のように言葉を吐きながら、ふえこさんが先に店を出ていった。

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新刊紹介

山下素童

1992年生まれ。現在は無職。著書に『昼休み、またピンクサロンに走り出していた』『彼女が僕としたセックスは動画の中と完全に同じだった』。

Twitter@sirotodotei

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