よみタイ

篠田節子「介護のうしろから『がん』が来た!」
認知症の母を介護しながら二十年。ようやく母が施設へ入所し、一息つけると思いきや――今度は自分が乳がんに!?
介護と執筆の合間に、治療法リサーチに病院選び……落ちこんでる暇なんてない!
直木賞作家・篠田節子が持ち前の観察眼と取材魂で綴る、闘病ドキュメント。

前回まではこちら→https://yomitai.jp/series/gangakita/

「ホーム巡礼 八王子十四ヵ所」 その1

介護のうしろから「がん」が来た! 第40回

 さて、せっかく入った老健からついに退所勧告をもらった母だが、寝室をテリトリーと見なしての攻撃行動が出ているので、個室のある施設に移し、自分の場所が確保できれば問題は解決する、と看護師さんは言う。
「こちらもお預かりしている責任があります。すぐにとは申しません」
 いずれにせよ、急いでどこか別のところを探さなければならない。
 
 老健や有料老人ホームのみならず、デイサービスやデイケア、入院先の病院などからお引き取り願われる例は、格別、珍しいものではない。
 主にスタッフや他の高齢者に対しての攻撃的言動が原因で、これは友人知人と話していると、Me too同様、「うちも、うちも」とけっこう声が上がる。
 一方、家族が「うちも」とは言えず、ひた隠すケースもある。
 主に男性高齢者による性暴力とセクハラだ。介護士さんの声は立場的な弱さがあって、取り上げられることが少ないが、これこそ深刻な人権侵害である。
 さて、お引き取りいただいた先の家庭で何が起きるのか。
 だれも考えたくはないだろう。巷に出回るハートウォーミングな認知症小説やエッセイに、「お引き取り願います」問題は出てこない。かわりに「事件」が起きたときに、詳細な報道にはしばしば登場する。
 だが……、我が事であれば、心配しても悩んでもしかたない。そんな暇はない。
 どうせどこも満杯、入ったところで同じ結果になるだろう、という、悲観的予測は棚上げにする。
 これ以上、バタバタするのはもう疲れた、自分の母親だもの最後は私が看るしかないのよね、仕事辞めて介護に専念するからもういい、といった自己憐憫は、こちらも最低限のプライドが残っているから願い下げだ。
 やることはがんと診断されたときと同じ。リサーチと行動あるのみ。ダメなら次の手を考えればいい。

 母の場合は、認知症は進んでいても足腰口は達者なので、特別養護老人ホームのような身体介護は必要ない。手厚い介護がむしろ残っている能力、気力を奪ってしまう懸念がある。何より、特養はほとんど空きがなく待機者が列を成している。
 他に有料老人ホームという手もあるが、一時金や入居費がかなり高額になり、広い個室や談話室など、どう見てもオーバースペックだ。
 それにご主人のためにグループホームを選んだ知人によれば、有料老人ホームの個室内トイレは一見良さそうだが、実は人の目が届かず汚れてもそのままになっていたり、倒れても気づかなかったりといった問題があるとのこと。

 歩行をはじめ身体的に問題はなく、認知症のみで要介護3。個室が必要という条件からするとグループホームが最適と考えられるが、二年前に数ヵ所見学して登録してあるにもかかわらず、今に至るまでベッドが空いたという連絡はどこからもない。

 比較的入りやすいサービス付き高齢者住宅は、以前、四ヵ所ほど見学したが、やはりある程度自立度が高い人向けで母には無理なように感じた。大丈夫だという方もいるが、私の友人のケースでは、本人の心身の状態とサービス提供の間に齟齬そごが生じ、定年退職後の娘が毎日通って、昼食と洗濯を引き受けている。
 だめもとでグループホームから探してみることにするが、こちらは待機問題に加え、他の人とうまくやっていける人、というかなり高いハードルも設定されている。危惧する私に、老健の看護師さんは「お部屋の問題だけですから大丈夫ですよ」と請け合ってくれた。
 

 

1 2

[1日5分で、明日は変わる]よみタイ公式アカウント

  • よみタイ公式Twitterアカウント
  • よみタイ公式Facebookアカウント

関連記事

よみタイ新着記事

新着をもっと見る

篠田節子

しのだ・せつこ●1955年東京都生まれ。作家。90年『絹の変容』で小説すばる新人賞を受賞しデビュー。
97年『ゴサインタン』で山本周五郎賞、『女たちのジハード』で直木賞、2009年『仮想儀礼』で柴田錬三郎賞、11年『スターバト・マーテル』で芸術選奨文部科学大臣賞、15年『インドクリスタル』で中央公論文芸賞、19年『鏡の背面』で吉川英治文学賞を受賞。『聖域』『夏の災厄』『廃院のミカエル』『長女たち』など著書多数。
撮影:露木聡子

週間ランキング 今読まれているホットな記事