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篠田節子「介護のうしろから『がん』が来た!」
認知症の母を介護しながら二十年。ようやく母が施設へ入所し、一息つけると思いきや――今度は自分が乳がんに!?
介護と執筆の合間に、治療法リサーチに病院選び……落ちこんでる暇なんてない!
直木賞作家・篠田節子が持ち前の観察眼と取材魂で綴る、闘病ドキュメント。

前回まではこちら→https://yomitai.jp/series/gangakita/

「施設もデイサービスもショートステイも、絶対拒否!」な家族を抱えた介護者のために――介護老人保健施設入所の経緯 2

介護のうしろから「がん」が来た! 第39回

 翌日の午後、病院から、どうしても家に帰ると聞かないので家族が来てなだめてほしい、と電話があった。
 
 病室に入ると母は手足を拘束された状態で点滴され、興奮している。
 胃の中を空にし下からも出したが、まだしばらく入院治療が必要だ。だが痛み、苦しみが取れれば、本人は家に帰りたがる。短期記憶がないから経緯や事情を話して納得してもらうことができない。
「このケースを在宅でみるのは無理ですよ」とその日、先生から引導を渡される。わかっていることだが、ではどこでだれが面倒を見るの、ということになると見当もつかない。

 その翌日は母もだいぶ回復したらしく、車椅子に座っていたが、やはり椅子に拘束されていた。解いたとたんに勝手にエレベーターに乗って出て行こうとするらしい。
 お見舞いに来てくれた私の従姉妹にも「お願い、私をここから出してちょうだい」と訴えたそうで、従姉妹が涙ぐんでいた。

 三日目、どうしても出て行こうとして騒ぐために、同室の患者さんも興奮してしまい困っていると看護師さんからお話があった。だが身体が動くのに、治療が必要だからと四六時中拘束しては、せっかくの身体能力が奪われてしまうとのこと。そこで、と病院のメディカルワーカーさんから同じ敷地内の老人保健施設(老健)に移し、そちらで治療を続行する提案があった。老健の認知症フロアはエレベーターに鍵がかかり勝手に出られないから、拘束の必要はないらしい。
 
 無理に決まっている、とそのとき私は思った。以前、心臓が苦しいということでその老健で一泊したことがある。
 だが、帰ると言って聞かず、フロアの介護士さんたちが総出でなだめにかかってくれたがどうにもならなかった。
 とうとう検査も治療もできないまま翌日の午後、私が迎えに行って連れ帰ったのだが、その帰り道にはすでに何もかも忘れていて、川原の土手を歩きながら切羽詰まった顔で「心臓が苦しいから病院に連れて行って」。

 今回も結局、同じ結果になるだろうとためらう私に、白衣姿もりりしい女性のメディカルワーカーさんが言った。
「お母様は私どもにお預けになって、あなたが少しゆっくりなさってください。このままでは家庭崩壊まで行きますよ」
 あまりにも親身で深刻な口調だった。家庭崩壊、とは、おそらく婉曲な言い回しだったと思う。あのときメディカルワーカーさんは、虐待、心中、介護殺人を危惧されていたのではないだろうか。
 私はメディカルワーカーさんの提案を受け入れ、母を病室から老健に移した。何か訳がわからない様子で、母は車椅子で病棟から廊下を抜けて老健に移った。
 ――明日には介護士さんが音を上げるよ。絶対、無理――
 そんな事を思いながら、母が二人部屋のベッドに移されたのを見届け、その夜私は帰宅した。

 

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篠田節子

しのだ・せつこ●1955年東京都生まれ。作家。90年『絹の変容』で小説すばる新人賞を受賞しデビュー。
97年『ゴサインタン』で山本周五郎賞、『女たちのジハード』で直木賞、2009年『仮想儀礼』で柴田錬三郎賞、11年『スターバト・マーテル』で芸術選奨文部科学大臣賞、15年『インドクリスタル』で中央公論文芸賞、19年『鏡の背面』で吉川英治文学賞を受賞。『聖域』『夏の災厄』『廃院のミカエル』『長女たち』など著書多数。
撮影:露木聡子

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