よみタイ

藤原綾「女フリーランス・バツイチ・子なし 42歳からのシングル移住」

女ひとり+だだっ広い部屋+虫の声=孤独?

ひとり旅の気楽さと、孤食の侘しさ

 起きると、外は雨がしとしと降っていました。タクシーを呼び、荷物をまとめて受付に行くと、傘を持っていない私に女将さんが「返さなくていいから」と、ビニール傘を持たせてくれました。そして、波佐見茶のお土産。
 ビジネスホテルとは何かが違う人間味のある宿に別れを告げ、バスを乗り継ぎながら雲仙へと向かいます。

 小浜温泉近くのバス停で降りて、Google Mapを片手にお店へと向かいました。言われるがままに歩いていくと、昔ながらの街並みのなかに、なじんでいるようで明らかに際立つお店が佇んでいます。扉を開けると、既に私以外のお客さんは揃っていて、カウンターは私の席だけがぽっかりと空いていました。
 お店の名前通り、カウンターの向いにはたっぷりと口髭を蓄えた坊主の男性がいて、席には夫婦が2組と親子が1組。そして、ご夫婦に挟まれる形で、得体の知れない43歳のおばさんがひとり。
 それにしても、なんて洒落た空間なんでしょう。
 風合いのある壁紙、不思議なポストカード、計算されたスピーカーの配置。洒落て見せようとしたわけではなく、好きなものを集めたら洒落ましたという本物感。
 店内にはSufjan StevensやBlack Sea Dahuといった、比較的最近の抒情的なロックやフォークが食事を邪魔しない絶妙な音量で流れ、音楽好きなこともぐいぐいと伝わってきます。
 壁紙の写真を撮りたかったものの、このオーガニックな空間には無粋な気がして自重することにしました。

 コースメニューには、最初の「野菜のお出汁」以降は、「冬瓜、梅」「モロヘイヤ、倭寇サバ」「青皮甘栗かぼちゃ」「青ナス」……と、具材だけが書かれていて、調理方法は一切わかりません。
 シェフは決して気取ることなく、一品一品、地元に寄り添った食材について説明してくれます。ご夫婦のほうは近所のアイスクリーム屋さんだそうで、生産者の方も知っている様子でした。
 それぞれ素材が活かされていて、シェフの穏やかな人柄がうかがえる繊細で優しい味。野菜ってこんなに美味しかったっけ?

 私がひとりだということもあり、自然と両隣のご夫婦とも会話することになりました。一方のご夫婦は長崎市内から来たそうで、旦那さんはカメラマン。東京で活動してから長崎に戻ってきたそうで、辿っていけどどこかで繋がりそうな縁なのでした。せっかくだからと名刺を交換しました。
 反対側のご夫婦は近所に住まわれている方で、その日は奥さまのお誕生日祝い。オーナーとも普段から仲良くしているそうです。
 親子はどうやらお母さんがシェフのファンの様子。雑誌で記事を読んだ話から、さまざまな質問を投げかけていました。
 美味しければ美味しいほど、その感動を誰かに伝えたくなるもので、ひとり旅で唯一「やっぱり友達とくればよかった」と寂しく感じるのは食事の時間です。
 心の中で「うまぁぁぁぁぁい!」と叫んで小躍りしながら、何事もないような顔で黙々と食べるのはなかなか侘しく、ひとりを好んでひとり旅をしているくせに、旅先で食事に混ぜてもらえるのは有難いのでした。
 思えば、八丈島でご飯に誘ってくれたご夫婦や、萩の居酒屋でご馳走してくれたおじさん軍団、温泉旅館で声を掛けてきたご婦人など、その地その地で見知らぬ人達と食卓を囲んできました。でも、鹿児島に移住したら、なんとなく国内旅行はめっきり減っていくような気がしていました。

1 2 3 4 5

[1日5分で、明日は変わる]よみタイ公式アカウント

  • よみタイ公式Twitterアカウント
  • よみタイ公式Facebookアカウント

関連記事

藤原綾

1978年東京生まれ。編集者・ライター。早稲田大学政治経済学部卒業後、某大手生命保険会社に就職するも、大企業の闇に触れて逃げるように宝島社に転職。ファッション誌の編集を経て2007年に独立し、ファッション、美容、ライフスタイル、アウトドア、文芸、ノンフィクション、写真集、機関紙……と、節操なく仕事を受けてきた結果、幅広い業界で編集・執筆活動を行うことに。近年もブランドムック『ANNA SUI COLLECTION BOOK』、雑誌『小学一年生』、漫画『ごろごろにゃんすけ』(村里つむぎ)、書籍『つくるひとびと』(秋山竜次/ロバート)、小説『海の怪』(鈴木光司)、カタログ『LAZY SUSAN』など、極端なノンジャンルで活動中。

インスタグラム @id_aya

週間ランキング 今読まれているホットな記事