よみタイ

勝ち組にも負け組にもなりたくないだけなのに

出世欲など何もない。中の中の心地よさたるや

 1回目の沼は、小学校高学年の頃。
 その頃通っていた進学塾では毎週テストがあって、月曜日に順位が壁に張り出され、クラスはもちろん、座席も成績順に並んでいました。
 一番上のクラスは「特冠」と名付けられ、以下、1組、2組、3組と並んでいきます。今考えれば、それこそが塾側の狙いなのでしょうが、一度、特冠クラスに入ると、恐ろしいことに、小学生にして自ら“特冠から落ちることは屈辱”と己に刷り込んでいくのでした。

 ある日、掲示板に受験に関するお知らせが貼りだされ、数人が集まってそれを眺めていました。
 するとそこに、特冠クラスの女子の頂点にいるKちゃんがやってきて、一番前で見ていた男の子に向かって、
「2組が前で見てんじゃねえよ。どいて」
とはっきり言い放ちました。彼はKちゃんの顔を一瞥して、何も言わずにすごすごとその場を去っていきました。
 なぜかわかりませんが、おばさんになった今でも、このエピソードを忘れられずにいます。
 その後、私は入学した中学で初めての中間テストに挑み、中の中の成績に収まったことで、それまで感じていたストレスから完全に解放されました。自分は特別な冠なんかかぶっていなくて、ただの凡人なのだとわかった途端、そこがすごく居心地がいいように思えました。

 2回目の沼は、いわゆるリーディングカンパニーと呼ばれる大企業に勤めていた期間です。
 そもそも私は、
「経済面白いから、とりあえず金融受けてみるか」
「音楽好きだから、とりあえずレコード会社受けてみるか」
「性産業は永遠になくならないから、とりあえずコンドームの最大手受けてみるか」
と、企業の大小というものを何も考えずにエントリーシートを出していて、一番早く事が進んで、内定が出た企業に入社しただけでした。
 既にやや鼻息の荒い同期もぽつりぽつりといる中で、仕事を面白くしたいという気持ちはあっても、出世欲のようなものはまるでなく、しばらくして、どうやら場違いなところに来てしまったらしいということを理解しました。

 中高は茶道部で蝶よ、花よとお茶をたて、大学ではソウルミュージック研究会でリズムよ、ビートよと音を愛で、いわゆる体育会系の厳しい上下関係を体験したことがなかったので、世の中にこんなにも理不尽な世界があるとは思いもよりませんでした。
 みんなひとりひとり話すと、大抵はいい人なのに、組織の肩書きをつけるとなぜか異なる引力が働いているような、独特な雰囲気が漂っていました。
 ある程度勉強してきた人たちが揃っているわけだから、全員野球という言葉を知らないはずがないのに、同じ会社の中で、人も部署も協力ではなく競争をしているような。そして、これは一度目の沼と同様、競争しているのではなく、させられているのだと感じていました。

 せっかく仕事自体は面白いのに、別のストレスが日に日に重みを増していき、同じ大学の同期が自殺したのを最後のひと押しに、退職することを決意しました。
 彼は大学の応援団に所属していて、体育会系の状況にも慣れているはず。資産運用部門のエリートコースに配属され、将来を有望された花形だったはずなのに。
 そして、会社の先輩たちは、私たちと同様、同期の死を経験しているにも関わらず、もはやそこに疑問を抱いてはいませんでした。
 同期を亡くした私に、気持ちはわかると心からの同情を送ってくれるけど、では、なぜそのようなことが起きてしまうのか、その根本となる原因を取り除く作業をする気は一切ないように見えました。

 私が退職の意を上司に伝え、義務として、辞めないように説得してきた教育係の先輩が、自分の給与明細を見せてきました。
「俺の年になったらこんだけもらえるんやぞ。俺は、車だけが趣味やから、それさえ満喫できれば、それでええと思ってる」
「この会社に、お金以外の魅力はありますか? もしあるんだったら、もう一回考えます」
「そんなもん、あるわけないやろ」
 ということで、やっぱり特別な冠は、重くて、ざらざらしてて、かぶり心地が非常に悪いのでした。動物が好きで獣医になった友人の冠は、つるつるしてて快適かもしれませんが、大層な目的もなく、敷かれたレールを走っただけの人間に、そんな冠は用意されていないのです。

 結局、一度も使うことのなかった有給をかなぐり捨てて、その企業をあとにし、翌日には転職先となる出版社へと出社しました。
 それができたのも、私の転職活動を、会社には内緒で進めさせてくれた上司のおかげです。今考えても、個々はいい人ばかりでした。

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藤原綾

ふじわら・あや
1978年東京生まれ。編集者・ライター。
早稲田大学政治経済学部卒業後、某大手生命保険会社を経て宝島社に転職。ファッション誌の編集から2007年に独立し、ファッション、美容、ライフスタイル、アウトドア、文芸、ノンフィクション、写真集、機関紙と幅広い分野で編集・執筆活動を行う。東京出身。編集者・ライター。「FM きりしま」パーソナリティ、第一工科大学非常勤講師として霧島でも活動中。

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プロフィール写真©chihiro.

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