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村井理子「犬と本とごはんがあれば 湖畔の読書時間」
実兄の孤独死をめぐる顚末を描いたロングセラー『兄の終い』のほか、翻訳書『エデュケーション 大学は私の人生を変えた』『捕食者 全米を震撼させた、待ち伏せする連続殺人鬼』、発売即重版となった最新作のエッセイ『全員悪人』など、数多くの注目作を手掛ける翻訳家の村井さんが琵琶湖畔に暮らして十数年。
夫、10代の双子の息子、ラブラドール・レトリーバーのハリー君と賑やかな毎日を送っています。
公私ともに古今東西の書籍にふれる村井さんは、日々何を読み、何を思い、どう暮らしているのでしょうか。
人気翻訳家によるエッセイ+読書案内。

作文の苦手意識の深層―必死に書いています、どんな本も

 私には、作文を書いて評価されることに躍起になっていた時期がある。それは小学生の頃で、当時私が住んでいた地域で年に一回発行される「わかしだ」という文集に自分の作文が掲載されることを、大いに夢見ていた。というのも、その「わかしだ」に掲載されることは大変名誉で、そのうえ誰よりも優秀な子という意味であり、私にとってはどうしても手に入れたいステイタスだったからだ。同じクラスにいた地域で最も優秀だった女の子は、その文集に一年生の頃から掲載されていて、確か六年間ずっと掲載され続けていたような気がする。それに憧れていたし、嫉妬していた。

 確か発行は毎年秋口だったと記憶しているが、待ちに待った「わかしだ」が発行されると、私は胸を高鳴らせた。クラス全員に配られる地味な小冊子を握りしめ、急いで開いて、自分の作文が掲載されているのではと探すのだが、毎年、肩を落とす結果となった。同じクラスの優秀な女の子は、今年も掲載された! と、担任の先生からベタ褒めされることになる。ああうらやましい。毎年それの繰り返しだった。この年になっても、「わかしだ」という不思議なタイトルを記憶しているあたり、相当悔しかったのではないだろうか。なんという執念深さだろう。

 なぜ私がそこまで掲載にこだわったかというと、先生に評価されたかったこともあるけれど、両親が発行を毎年心待ちにしていたことも大きかったのではと思う。私が「わかしだ」を持ち帰ると、両親はきまって夕食後に読んでいた。それで、今年も掲載されてない的な残念そうな表情で、それを畳の上に放り投げて「はぁ」とため息をつく(ついたように思えた)。だから、最低でも一度ぐらいは掲載されてみたいと、毎年躍起になっていた。しかし結局六年生になっても私の作文が掲載されることはなく、「私は作文が大変苦手だ」という気持ちだけが根強く残ることになる……だいたい、25歳ぐらいまで。

 中学に入ると、担任の先生によって様々な取り組みがなされていて、私の担任だった先生は日誌の交換をクラス全員と行っていた。毎日、原稿用紙半分ぐらいの量で、生徒とやりとりをするのだ。といってもその分量を書くのは生徒だけで、先生は一行程度、ピンク色のペンで感想を書くだけだった。ここで徐々に火がついていったのが私だった。最初は適当にスペースを埋めるだけだった日誌が、先生の「今日も面白かった」という感想を見た瞬間、書くことが楽しくて仕方がなくなった。先生からしたら引くぐらいの量の文章を毎夜書いて、休まず提出した。一年間たっぷり私の日誌を読まされた先生は、きっと大変だったと思う。

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村井理子

翻訳家、エッセイスト。1970年静岡県生まれ。琵琶湖畔に、夫、双子の息子、ラブラドール・レトリーバーのハリーとともに暮らしながら、雑誌、ウェブ、新聞などに寄稿。主な連載に「村井さんちの生活」(新潮社「Webでも考える人」)、「犬(きみ)がいるから」(亜紀書房「あき地」)。主な著書に『兄の終い』(CCCメディアハウス)、『村井さんちの生活』(新潮社)、『犬ニモマケズ』『犬(きみ)がいるから』(亜紀書房)、 『村井さんちのぎゅうぎゅう焼き』(KADOKAWA)、『ブッシュ妄言録』(二見書房)など。主な訳書に『サカナ・レッスン』『ダメ女たちの人生を変えた奇跡の料理教室』『ゼロからトースターを作ってみた結果』『人間をお休みしてヤギになってみた結果』『黄金州の殺人鬼』『メイドの手帖 最低賃金でトイレを掃除し「書くこと」で自らを救ったシングルマザーの物語』『エデュケーション 大学は私の人生を変えた』『捕食者 全米を震撼させた、待ち伏せする連続殺人鬼』など。
家族の実話を描く近刊のエッセイ『全員悪人』が大好評、話題となっている。
最新刊は『ハリー、大きな幸せ』(亜紀書房)、および『更年期障害だと思ってたら重病だった話』(中央公論新社)。

ツイッター:@Riko_Murai
ブログ:https://rikomurai.com/

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