2024.7.28
40代のおじさんの隠れた可能性に気づかせてくれたのは、初めて足を運んだバーバーと最愛の彼女でした
バーバーから帰ってきた私は、すぐさま同棲中の彼女に出来ばえを自慢する。死んだような顔で家を出て行ったくせに、帰って来た途端に大はしゃぎしている私に彼女は若干呆れ気味。
「いいじゃん、すごい似合ってる。髭の形は私じゃよくわかんないから助かるね」
「これからも月1で通おうかな……」
「イイ感じに散髪できたし、記念写真撮ってあげるよ」という彼女の提案に、どうせならお気に入りの服を着てベストショットを撮りたいと私は意気込む。勝手にしなさいという感じで「ハイハイ」と彼女はクローゼットをさぐる。
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美容と健康に目覚めてから大きく変わったこと、それは着る服の種類である。今までの私は、アニメ、プロレス、ゲームといった自分の趣味丸出しのド派手なTシャツを好んで着ていた。そのTシャツたちは宝物ではあるけれど、この類のTシャツを着ていればファンの人から「あ~爪さんはそういうの好きだから似合ってますよね」と言われるのを見越して着ていたことも否めない。おしゃれではない自分、いけてない自分を守るバリアとしてそういう服の力を借りていたのだ。
だが、多少は見れるナリになってきた最近では、ワンポイントの刺繍が入ったものや、とにかくシンプルなデザインの服を好んで着るようになった。そうなのだ。元々の私はあっさりとした服が大好きなのだ。ただ、「ブクブクと太ったおじさんがそんな服着てんじゃねえよ、その前にダイエットとか他にやることあんだろ」と思われるのが怖くて手を出せずにいたのだ。
今一番お気に入りの服、無印良品のMUJI Labo(ムジラボ)のセットアップに袖を通し、メガネ屋で新調した新しいメガネをかける。そうだ。昔の私は店員さんに至近距離で顔を見られることが恥ずかしくて、メガネさえ満足に買うことができない男だったな。それが今では用途に合わせてメガネの使い分けをするぐらいになっている。
最後にアクセントとして香水を身体にふりかける。美容に目覚めてからわかったことだが、男ってのは基本臭い。おじさんになったらもうそれは100%臭い生き物として生きていく覚悟を決めなければいけない。だからこそ匂いには気を遣わないといけない。どうせデブならいい匂いのする清潔感のあるデブに私はなりたい。
「はい、こっち向いて」とカメラを向けた彼女が「ちょっとは見れるようになったね」としみじみとつぶやく。
「こんなに可愛くなったのはだれのおかげ?」
「それは全部あなたのおかげです」と彼女に感謝の言葉を送る私。そう、美容師や理容師さんもすごいが、何よりすごいのは私に似合う服や靴を見出し、買い与えてくれた彼女。この子がいなければ今の私は存在しない。この服やこの化粧品がいいよと勧めてくれる人は今までにもいたが、「今のまんまでいいよ」と嫌がる私を根気強く説得し、プロデュースをしてくれたのは彼女だけだった。私の可能性を信じてくれた彼女の心意気、いや執念には感服している。
見た目はもう少しマシなおじさんになりたいし、人間としては君のような素敵な人間になりたい。誰よりも大きくて強い心を持ち、自分の言葉にきちんと責任を持てる人間に私はなりたい。
「今度、近所の写真屋さんでちゃんとした記念写真を撮ろうよ」と言うと、嬉しいけどその二重まぶたはやめてね」と吹き出す彼女。そうか、やっぱり二重は似合わないか。でもこれは喧嘩をしたときの仲直りの手段として使えそうだなとほくそ笑む私であった。
次回は最終回。8月11日(日)配信予定です。お楽しみに!
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